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第9話 ときめきと戸惑い【賢太郎】

 (あきら)賢太郎(けんたろう)の出会いとなった、Aハウス・三國(みくに)工務店の共同プロジェクトが無事完成した。  今回は、輝の英断で新たな試みも行ったが、お客様からも好評を頂き、これを機に、両社の戦略的協業を推し進めていこうと両社の関係者は大いに盛り上がった。賢太郎と、三國工務店の江川係長が幹事となり、二社合同での懇親会が開かれた。両社あわせて三十名以上が参加する盛大な会となった。  当日は、賢太郎の同期の女性社員が受付を担当し、賢太郎も、受付近くで、会場全体の様子を見守っていた。  そこへ、威厳のある男性が、輝や他数名の社員に恭しく案内され、受付に到着した。 (……もしかして、輝さんのお父さん……、三國社長?!)  賢太郎の心臓は跳ね上がった。  Aハウスの事業部長が、目ざとく、その男性の姿を認め、会場を足早に横切って、彼に握手を求め、ぺこぺこと頭を下げている。ひとしきり挨拶をすると、輝が微笑みを浮かべて耳元に何か囁いた。くるっと、彼は振り向いて、賢太郎を見た。  その男性は、少し目を細めて微笑みながら、その場に直立不動している賢太郎のところへ歩み寄った。 「君が、Aハウスの藤宮君だね? 三國部長―息子の輝が、お世話になってると聞いてるよ」  差し出された右手を握ると、その力強さは、輝と一緒だった。大柄な輝に比べると、細身で身長も少し低いが、笑顔がそっくりな親子だと賢太郎は思った。 (前世の輝宗(てるむね)様の晩年の頃にそっくりだ……!)  賢太郎が、ポーッと無言で三國社長を見つめていたので、輝が横から助け舟を出した。 「彼はまだ入社三年目で、三國工務店では、私以上の役職の人間には会ってないと思うので、緊張してるみたいです」  ハッと我を取り戻した賢太郎は、ピョコンと頭を下げた。 「はっ、初めまして、三國社長。お目に掛かれて光栄です。こちらこそ、三國部長には色々ご指導を頂き、お世話になっておりますっ……!」  三國社長は、再度にっこり微笑みながら頷くと、他のAハウスの役職者に挨拶に回った。輝は、賢太郎にウインクして、社長の後を付いて行った。  間もなく開会となった。Aハウスの事業部長の挨拶中に、二人いた受付の一人が賢太郎の隣に来て、耳打ちした。 「藤宮君、すごいじゃない! お取引先の社長から、事業部長の次に話し掛けてもらえるなんて。しかも三國社長のお隣にいたイケメン、社長の息子さんなんでしょ? あの人も藤宮君に目配せとかしちゃって。仲良さげー。オヤジキラーね!」  賢太郎は、『言うなよ』とばかりに、彼女の脇腹を指で突いた。彼女は、噴き出しそうなのを堪えた表情になった。  両社代表者の挨拶、乾杯と続いた後は、賢太郎は、息つく暇なしに会場内外を歩き回って、裏方に徹した。  懇親会がひと段落し、ようやく他のスタッフが確保しておいてくれた料理を会場の隅でつまもうとした時、賢太郎のスマホが震えた。輝からのメッセージだった。 『幹事さん、お疲れ様。俺、今日は車で来てるから、家まで送るよ。閉会したら、隣のコンビニで待ってて。車回すから。』 『三國社長は? お送りしなくて良いの?』 『親父はタクシーで帰るって』 『なんか悪い気もするけど、確かに疲れたから、甘えちゃおうかな(笑)』 『了解。コンビニ着いたら教えて。』  懇親会が終わり、他のスタッフたちと撤収作業を終えた賢太郎は、緊張が緩み、急にお酒が回った。  コンビニに着いて、輝に『今コンビニに着いたよ! 何か欲しいものある?』とメッセージを送った。 『了解。五分後には着くよ。水を買っておいて』 輝から、すぐに返事が来た。  少し雑誌やお菓子を品定めする素振りで時間を潰し、水のペットボトルを二本買い、コンビニの前に立った賢太郎の前に、輝のレクサスが止まった。  赤い顔で少し千鳥足の賢太郎が助手席のドアを開けると、輝が心配げな顔をした。 「賢太郎、大丈夫? けっこう酔ってるんじゃない? どっかで少し休むか?」 「ううん、大丈夫〜。輝さんに送ってもらえるから、安心しちゃったみたい。金曜の夜だしね。ふふっ」  賢太郎は、ふにゃあっとした笑顔で、輝に水を手渡し、自分も一口飲むと、イヤイヤをするように顔を左右に振りながら、ネクタイを緩め、襟元のボタンを外した。  輝は、チラッと横目で賢太郎を見たが、無言で車を発進させた。  賢太郎は、無防備なしどけない姿で、あっという間にうとうとし始めた。軽く口を開けている。  彼は、気付いていなかった。  懇親会場で若い女性とじゃれ合う彼の姿に、輝が嫉妬していたこと。そして、酔った彼のほんのり桃色に染まった肌や恍惚としたような表情が、輝の劣情を刺激していたことに。  輝は、途中で路肩に車を停めた。  車が停まったことに気付いて目を覚まし、辺りを見渡す賢太郎を、輝は切なげに目を細め、熱い眼差しで見つめた。 「……賢太郎。俺が、どんな気持ちで君の傍にいるか、知ってるの」  賢太郎が、その目線に射貫かれたようにその身を竦ませ、言葉を発することすらできずにいると、輝は大きく溜息をついた。 「……ごめん、もう限界」  輝は賢太郎の両肩を掴んで引き寄せ、熱っぽく口付けた。  どうか、自分の気持ちに気付いてほしい。そして、受け入れ、応えてほしい。切なる願いを込めて、輝は、顔の角度を変えながら、何度も繰り返し唇を重ねた。キスの合間に、「好きだ」と囁いた。  輝のキスは、賢太郎の身体の内側に火を灯した。お腹の奥底が熱くなり、車中の空気を冷たく感じて、ふるっと身震いすると、熱に浮かされたように、賢太郎からもキスを返した。  輝は、賢太郎の反応に勇気づけられ、ゆっくりと彼の背中に腕を回して、優しく抱き締めた。賢太郎も、おずおずと輝の背中に手を回した。  恋焦がれた人を腕の中に抱き締めて口付けを交わし、気持ちが昂った輝は、その唇を賢太郎の首筋に這わせ、もどかしげに賢太郎の身体をまさぐり始めた。 「あ、輝さん……。これ以上は、まだダメだよ。やめて……。怖いよ」  賢太郎は、震えながら必死に訴え、抵抗したが、輝は、賢太郎より一回り太い腕に力を込めて、彼を自分の腕の中に閉じ込めようとした。 「賢太郎……、好きだ……! 君を傷付けるようなことは、絶対しないから……」  輝が片手で賢太郎のワイシャツのボタンを幾つか外し、隙間から指を滑り込ませて素肌に触れた瞬間、賢太郎は小さく悲鳴を上げて、輝を突き飛ばした。  突き飛ばされた輝は、虚を突かれたような、呆然とした表情だった。 「……あっ……、ご、ごめんなさい……。でも、僕……」  賢太郎は、あまりに強く輝を突き飛ばしてしまい、気まずそうな顔をしていたが、既に不安と恐怖に圧倒されていた。 「……ごめんなさいっ!」  もう一度謝りながら頭を下げ、車を降り、逃げ去った。 「くそっ……!」  一人取り残された輝は、力任せに車の窓ガラスを叩いた。激しく拒絶されたショックが大きすぎて、賢太郎を追いかける気力はなかった。

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