32 / 79
欲_2
「――んで、長谷さんは郁弥と番になんないの?」
ニコニコとバーのカウンターに頬杖を付きながら、陽翔くんは上機嫌で僕に問う。
「んー?そうだね、絶賛口説いてる最中かな」
グラスを磨く僕の横で藍澤くんは「余計な事を…」と額を押さえる。
「え、マジ?郁弥が拒否ってる感じ?」
「うーん、そういう訳じゃないんだけどね。僕が欲張りだから、もっともっと求めてもらいたいなって思ってるんだよ」
「うーわ………長谷さんってSっ気あるよな……」
「そう?好きな子から求められたいって思うのは当然のことじゃない?ねえ、藍澤くん?」
返答が分かっていながら藍澤くんへ話を振ると、案の定嫌そうな顔をして「知らん」と一刀両断。
「釣れないなぁ。君達二人はようやく番になったんだね」
「へへ、まあね」
「どう?何か変わった?」
「うーん…これと言って特別何かが変わったって気はしねーけど、でも司が番なんだって思うだけで安心出来るし、すげー幸せ」
郁弥くんの言っていた通り、本当に幸せそうな顔をするなぁ。
まあ、藍澤くんも以前より表情が分かりやすくなったしね。
「そんなに惚気るなんてズルいなぁ。僕も自慢していい?君達に見せたことないような可愛い郁弥くんの一面」
「言っとくけど、長谷さんより俺の方が郁弥と長いんだからな。ぜーったい俺の方が郁弥のこと知ってるし」
「それはどうかなぁ?今の郁弥くんを理解してるのは、僕の方だと思うけど?」
「言うじゃん、だったら俺と勝負――ってか、肝心の郁弥は?来てないなんて珍しくね?」
陽翔くんの言葉で店内の時計に目をやると、確かにそろそろ姿を見せてもいいはずの時間だ。
「そうだね……昨日は何も言っていなかったし、特別なことがない限りは来るはずなんだけど……」
「残業とかしてんのかな?」
働いているんだからそういう事もあるかもしれない。
だけどいくら待っても郁弥くんは現れず、バーも閉店の時間を迎えた。いくら残業だとしてもこんな時間まで掛かるものかと、着替える前にスマホでメッセージを入れる事にした。
『今日は家に来ないの?』と言う僕のメッセージに対して、返信は思いの外早く、『職場の人に飲み会に誘われてしまいました。朝方まで掛かりそうなので今日は遠慮しておきます。』との内容だった。
「返事、来たのか?」
「あ、うん。今日は職場の人と飲み会みたい」
藍澤くんも心配していたのかその内容に少し安堵を見せて、そういう事もあるだろと言葉をくれる。
「そうだね」
彼にだって付き合いはあるんだから、こういう事もあって当然だ。
頭ではそう分かっているのに、
「今日は眠れないな………」
君が居ないだけで僕の心は、こんなにも寒くなる。
きっと君は知らないのだけどね。
ともだちにシェアしよう!