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欲_4
「何かあったんじゃないのか?」
「どうだろうね。単に僕が避けられているだけかもしれないよ」
「心当たりは?」
「さあ?」
「…………どうして確かめに行かない?」
彼にしては珍しく視線が真っ直ぐ僕を捕らえる。
「……………僕は臆病だから。もし拒まれてしまったら、どうして良いのか分からない」
「……そんなもの足掻くしかないだろ。格好悪くても、怖くても好きなら足掻いてみるしかない」
「足掻く………」
「それに俺が見る限りお前といる時の永岡は幸せそうに見えた。そんな事お前が一番よく分かっているんじゃないか?」
何度好きだと言っても彼は恥ずかしそうにする。
だけど決まって、必ず「僕も」と返してくれる。
同じ事の繰り返しなのに全然飽きなくて、むしろもっともっと繰り返したくて………何度も交わしたあの言葉に嘘偽りは無いと、僕は誰よりも知っている。
「……そうだね。君の言う通りだ。ふふ、まさか藍澤くんにこんな説教をされる日が来るなんて思いもしなかったよ」
「別に。俺は思った事を言っただけだ」
店の時計は21時を回ったところ。
郁弥くんはいつも22時半にはこの店に顔を出すから、今から行けば間に合うかもしれない。
「ごめん、藍澤くん。僕――」
「――そう言えば店長が客足が悪いようなら、どちらか早上がりして良いって言ってたぞ。俺は新作のカクテルを試したいが、お前はどうする?」
「………ありがとう。お言葉に甘えてあがらせてもらおうかな」
「お疲れ。永岡に宜しくな」
再度礼を言った僕に「俺は借りを返す男だ」と素っ気なく返ってくる。
どうやら礼は不要と言う事らしい。
「新作のカクテル、出来たら僕と郁弥くんに振る舞ってね。楽しみにしてるよ」
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