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欲_8
男は一歩僕らに近付いて、ニタニタと笑いを溢した。
「なあ、いいだろ?α同士仲良く楽しい夜を過ごそうぜ?」
これが、こんなのが………優れた人種なんて笑わせる。
藍澤くんに聞いていたよりもずっと反吐が出るぐらい最低な男だ。
元彼だなんて名乗る資格さえない。
「僕は居なくなってくれと言ったんだ」
「あ?」
「僕は藍澤くんみたいに優しい人間じゃないから、一度手を出すと止めてあげられない」
「ハッ、何だよ?お前みてぇな優男が粋がったところで、何にも――」
「――今、郁弥くんを君から解放出来るなら刺し違えても構わない」
「何言って…」
「僕は本気だ。そのぐらいの覚悟で郁弥くんを守るって決めてる」
懐から速くなる郁弥くんの鼓動を感じる。
「………チッ、つまらねぇ連中とつるみやがって」
男は興が冷めたように踵を返した。
「出来ればもう二度と顔を見たくないな」
「そりゃこっちの台詞だ。どーでもいいわ、マジで。気色悪ぃな」
それきり男がこちらを振り返ることはなく、あっという間に路地から姿が見えなくなる。
緊張の糸が切れたのは、郁弥くんの声が耳に届いてからだった。
「長谷、さん………」
「あ、ごめんね。苦しかった?」
力いっぱい抱き締めていたから息苦しかっただろうかと慌てて腕を離す。
「違うんです、そうじゃなくて……。ごめんなさい、僕また迷惑を……本当は自分の力だけで何とかしたくて、ちゃんとケジメつけて、長谷さんの所に帰ろって思ってて……それでっ」
「………うん。大丈夫、怒ってないよ。ねえ、僕の家帰ろう?」
「………っ……はい……」
涙が零れ落ちる寸前で目元を拭った郁弥くんは、ぎゅっと僕の手を握った。
それだけで僕の心は堪らなく満たされた。
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