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クリスマス【長谷・郁弥】2
そんな会話をしたのが一週間前。
そして25日を迎えた今日、仕事に行く前に郁弥くんは家を訪ねてきた。
今朝抑制剤を飲んだと話した彼だったけれど、それでも微かにフェロモン独特の甘ったるい香りが鼻に届いていた。
「それじゃあ行ってくるね。家の物は好きに使っていいから」
「はい。あの……」
「ん?」
「夜は、薬飲まないで待ってます……」
僕の服の裾を掴んで、郁弥くんは照れ臭そうに笑った。
「……本当にいいの?今薬を飲んでいる君を目の前にしても、かなり我慢してる。それなのに……」
「長谷さんがいいんです。長谷さんじゃなきゃ嫌なんです……これじゃあ甘えてる事になりませんか……?」
「え……」
「長谷さんが………甘えたら番にしてくるって言ったから……これじゃダメですか……?僕の精一杯の甘え方なんです……」
『いつか君が甘えん坊になってくれたら、その時は僕と番になろうね』
確かに僕はそう言った。
……聞こえてたのか。
「……分かった。なるべく早く帰ってくるからね」
頬を撫でた手に嬉しそうに擦り寄って郁弥くんは頷いた。
仕事を休みたいクリスマスなんて初めてだ。
一分一秒でも早く帰りたい。
それは藍澤くんも同じようで、ちゃっかりホールケーキを買い込んでいる辺り陽翔くんの機嫌は直っていないんだろう。
開店から間もなくして店は賑わいを見せ、閉店までその客足が途絶えることは無かった。
後片付けが終わった時既に目が回りそうだったけれど、僕も藍澤くんも休憩なんてせず、足早に裏口から店を出た。
「お疲れ様」とだけ言葉を交わして、僕らはそれぞれ帰路につく。
通い慣れた道が何倍の距離にも感じて、気が付けば僕は息を切らして走っていた。
鍵が掛かっているのを忘れてドアノブを引こうとして、自分の余裕の無さに我に返る。
落ち着け、怖がらせたらどうする…。
息を吐いて乱れた呼吸を整えてから、鍵を回した。
「――おかえりなさいっ!」
開いたドアの隙間から白い何かが僕の懐へと飛び込んで、力強く抱きしめられた。
「郁、弥くん……?」
「待ってました……!」
これでもかと胸元に擦り寄る郁弥くんは頭からすっぽりと布団を被って、まるでてるてる坊主のよう。
「ずっと、待ってました……!」
「ありがとう、ただいま」
布団ごとその身体を抱え上げて、軽いキスをする。
今朝よりも何倍も濃いフェロモンの香り。
「あ、長谷さん……もっと、足りないです……」
「ふふ、今日は少し欲張りさんだね。可愛いな」
触れるだけのキスを何度か落として、寝室へと足を伸ばす。
ベッドへ身体を降ろすと思い出したように郁弥くんは声を上げた。
「布団、ごめんなさい……。長谷さん汚すの嫌だって言ってたのに……」
「ううん、いいんだよ。洗えばいいだけだし。ずっと包まってたの?」
「はい。長谷さんの匂いが一番したから……」
「そっか。あのね、本当はケーキを用意したんだ。冷蔵庫にあるんだけど……明日でもいいかな?格好悪いんだけど、ちょっと余裕がない」
「っ……いいですよ、僕ももっと長谷さんとくっつきたいから……」
横たわった郁弥くんは僕に向けて両手を広げた。
「早く、長谷さん………」
「郁弥くんより僕の方が先に理性飛びそうだよ」
「ふふ、クリスマスプレゼント……長谷さんのだって印くれますか…?」
「もちろん。でも貰うのは僕の方だけどね」
発情期が終わったら改めてプレゼントを買いに行こう。
君と一緒に。
そうだな、新しい観葉植物なんてどうだろう?
次に君に送るのは『ウンベラータ』なんていいかもしれないね。
【クリスマス〜長谷、郁弥編〜END】
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