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クリスマス【藍澤・七瀬】2
慌ただしく靴を脱いで陽翔に引かれるままリビングへと入った途端、カレーの香りが鼻に届いた。
ダイニングテーブルには骨付きのチキンもある。
「……もしかしてまだ飯食ってないのか?」
「うん!待ってたから。今カレーライス出すから手洗って座ってて」
「ああ……」
そのままキッチンへと駆けていこうとした背中を呼び止めて、手に持っていたケーキを差し出した。
「ケーキ」
「え!?ケーキ!?でもアンタ甘いの嫌いじゃ……」
「まあ。けどお前は好きだろ?」
そう言ったら陽翔は嬉しそうに頬を赤らめてケーキの箱を受け取った。
「さんきゅ」
「ん、手洗ってくる」
「うがいもな!」
「はいはい」
手を洗い、ついでに着替えも済ませリビングへ戻ると、テーブルには湯気立つカレーが準備万端に置かれている。
席について陽翔の元気な「いただきます」を合図にそれを口へと運んだ。
俺が作るカレーと相違ない味。
「……上達したな、料理」
「そりゃあもちろん司に教えてもらってるからな」
「けど人参が入ってない」
「うっ……早速バレた……」
「それに相変わらず甘口なんだな」
「どーせお子様ですよ」
べーっと舌を見せる陽翔。
それこそお子様だろうと笑えば、カレー皿を奪われた。
「文句言うなら食わせない」
「……文句じゃない、可愛いって意味だ」
「かわっ……そのたまにストレートに言葉ぶつけてくるの止めろよな。恥ずいから……」
そう言うが本当は嬉しいのだと俺は知ってる。
目の前に戻ってきたカレー皿が証拠だ。
「……悪かった」
「え、何?そんな真面目なトーンで謝ることじゃ……」
「いや……昨日も今日も殆ど一緒に居られなくて悪かった」
「あ、そっちか……」
「まだ怒ってると思ってた。まさかこんな……ご飯が用意されてるなんて考えもしなかった」
目の前の陽翔は少しの思案のあと、優しく微笑みながら頬杖をつく。
「ご飯ないって思ってたのに前みたいにコンビニ寄って来なかったんだ?」
「ん?ああ……早く帰ろうと思ってたから」
「じゃあもういいよ。その気持ちだけで十分だし。俺もごめん、怒ったって言うよりは拗ねたって方が正しいかな。我儘言ってごめん」
我儘……。
「俺は我儘なんて思ってなかった」
「でもさ……」
「俺も本当は一緒に居たかったから。だから別に我儘なんて思わない」
「…………そっか、ありがと。冷めないうちに食べちゃって。ケーキも一緒に食べたい!」
甘いものは苦手だが、一緒に食べるケーキは悪くなかった。
来年は転職でも考えるかと思うぐらいには。
そのままの流れで陽翔を抱く気でいたら、今日はもう疲れたから寝ると早々にベッドに潜りまれ、正直熱を持て余した。
普段は俺よりもしたがるくせに、珍しいこともあるもんだ。
疲れてるのなら仕方ないと俺も大人しく眠りについた。
どれぐらい眠ったのかは分からないが、微睡みから引き戻されたのは右手に走った違和感のせい。
何だと、目を開けてそこに視線を落とせば陽翔が何かをしている。
「…………何してんだ?」
「――わっ!ビックリした……何だ、起きちゃったか。まだ終わってないのに。意外と難しいじゃんか……」
不服そうな陽翔はそれでも手を休めずゴソゴソと何かをして、とりあえず好きにやらせてみるかと欠伸を一つ落とした。
「出来た!ん、バッチリ!ほら見て!」
「?」
ようやく満足そうに声を上げた陽翔は俺の右手を取って、視界に入るよう掲げた。
「……指輪?」
「そ!しかも何と俺とお揃い!」
じゃーん、とご丁寧に効果音付きで見せられた陽翔の右手薬指にも全く同じデザインの指輪がはめられている。
「……こう言うのって普通俺がするもんじゃないのか?」
「俺がしたっていいじゃん!俺も男だよ?好きな人が寝てる間に指輪するなんて男のロマンだろ?」
男のロマンね……。
「あ、嫌だった?それなら普段はしなくてもいいから……」
「いや……悪くない」
「ほんと?良かったーぁ……ちょっと緊張した……」
「ところでこの時間に居るってことは、今日休みか?」
サイドボードの時計はいつもなら陽翔が家を出る時間を指している。
「うん!あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてない。まあ、それなら……遠慮はいらないな」
呆けた陽翔の腕を取り、ベッドへ組み敷くと時間差で意味を理解したらしく途端に顔が赤くなっていく。
「え、今からするの?」
「俺は昨日からお預け食らってるんだが?」
「もしかしてシたかった……?」
「……俺は気の利いたプレゼントが用意出来なかったからな。身体で返す」
「え、いや、ケーキ!ケーキ貰ったから!」
「遠慮せずたっぷり受け取れよ」
「あっ……ばか……司がマジでヤッたら俺の休み、なくな……」
ああ、本当……来年は転職でも考えてやるかな。
【クリスマス〜藍澤、七瀬編〜END】
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