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SS_風邪3

心地いい感覚から急に視界が開けた。 二、三度瞬いた先の光景には、僕を見下げるような姿勢でうとうとと眠る郁弥くん。 可愛いなと呑気な事を考えたのも束の間で、次の瞬間には体に痛みを覚えて頭が急速に回転した。 郁弥くんの頭に打つからないように起き上がって状況を整理する。 ここは玄関から通ずる廊下で、僕はどうやら郁弥くんの膝を拝借して眠りこけていたらしい。 「…………そっか、昨日来てくれたんだっけ」 郁弥くんを抱きしめてからの記憶がない。と言う事はあのまま意識を失ってしまったのだろう。 良く眠ったお陰で体調はかなり回復したのか、身体が軽い。 身体に掛かっているタオルケットは多分郁弥くんが用意してくれたものだろう。自然と笑みが溢れるのを感じながら、それを郁弥くんの身体へ掛け直して、そっと抱え上げた。 その反動で開いた眠た気な眼差しが、ぼんやりと僕を捉える。 「……ん…………長谷さ、ん…………?」 「うん。ベッドに移動するだけだから、まだ眠ってて良いよ」 「ベッド…………?」 「そう。郁弥くんも風邪引いちゃうからね」 「風邪…………か……ぜ………――風邪!長谷さん体調大丈夫ですか!?」 風邪と言う言葉で郁弥くんの眠気は一瞬で吹き飛んだようだ。 「大丈夫、お陰で良くなったよ。ありがとう」 「本当に?」 「本当に」 それでも心配そうな眼差しを向けてくるから、僕は額に唇を寄せて、もう一度大丈夫だと言い聞かせた。 そうしたら彼はようやく安心したように微笑みを見せてくれる。 「良かった」 「郁弥くんのお陰だよ、ありがとう」 「そんな……あ、ごめんなさい。勝手に押し掛けてきてしまって」 「ううん。実を言うとね、ちょっと後悔してたんだ。郁弥くんのお見舞い断った事。素直に甘えれば良かったな」 苦笑した僕に郁弥くんは頬を赤らめて口を開く。 「僕も、甘えてほしかった……です。頼りないかもしれないですけど、それでも長谷さんに甘えられたいです……」 ゆっくりと首に回ってきた腕が身体を擦り寄せ、体温が密着する。 「僕汗臭いだろうから、今はくっつかない方が……」 「大丈夫です。長谷さんの匂い好きです。安心するから……離れないでください」 郁弥くんの鼻先が首元を掠めて擽ったい。 あんまり良く無いけれど本人がしたいならと、そのまま寝室まで足を運んでベッドへと腰掛けた。 「はい、到着。もう少し寝る?」 「…………一緒に」 「じゃあシャワーだけ浴びてくるから、待っててくれる?」 「…………はい」 と肯定の返事をくれるけれど、首元の拘束が外れる事はない。 「郁弥くん……?すぐ戻ってくるよ?」 「…………」 「………?郁弥くん?」 「やっぱり、もうちょっとだけこうしていたらダメですか?」

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