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SS_独占欲1
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「あ、あの……長谷さん……」
「…………」
「僕、その……」
カウンター越しでグラスを磨く長谷さんは黙々と手を動かしていて、全然口を開いてくれない。
うぅ……怒ってる……どうしよう……。
肩を落とした僕の横で様子を見ていた陽翔が堪らずと僕に耳打ちをする。
「なあ、何かめちゃくちゃ怒ってない?こんな長谷さん初めて見るんだけど……すげー怖い」
「うん………」
長谷さんの隣にいる藍澤さんも雰囲気で察したのか小さく肩を竦めた。
やっぱ、怒ってる……よね……。
「何しちゃった訳?」
「………………」
事の始まりは、ほんの数日前。
一緒に住もうと言ってくれた長谷さんのマンションに僕は最近になって引っ越してきた。その日は一緒に住んでから初めて重なった休日。長谷さんの提案でデートに行く予定で。
「映画楽しみだね」
「はい!でも良かったんですか……?僕が観たい映画で……」
「もちろん。そうだ、帰りにお揃いの食器でも買ってこようか?折角一緒に住み始めたんだし、郁弥くんと買い揃えたいな」
「う、嬉しいです……とっても」
長谷さんとの時間はいつだって甘くて優しい。僕なんかには勿体無いぐらいに。
身支度と今日は燃えるゴミの日だからとゴミ捨ての準備を済ませ、長谷さんと一緒に外へ出る。
鍵を掛けようとしてくれた長谷さんだったけれど、それを回し切る前に何かに気が付いたようで手が止まった。
「――あ、ごめんね。スマホ忘れちゃったみたい」
「スマホですか?そう言えばダイニングで見かけたような気が……」
「取ってくるよ、ちょっと待っててね」
ごめんね、の言葉と額にキスを残して長谷さんは部屋の中へと戻っていく。
あまりに自然な流れすぎて、一瞬何をされたのか理解が追いつかなかった。
は、長谷さんっていつだったか陽翔も言ってたけど、本当王子様みたい……。
触れたおでこが熱い。熱でも出てるんじゃないかなってぐらい……。
そんな事を考えてドアを見つめていたら、それよりも先に隣の家のドアが開いて、油断していた僕は思わず間抜けな声を上げてしまった。
「――わぁ!?」
「…………え?」
中から出てきた男性は目を丸くして僕を見る。
スウェット姿に手には大きなビニール袋。
男性はごみ捨てに外へ出てきたようだった。
「あ、す、すみません……ビックリしてしまって……」
右隣の部屋。
一応両隣には挨拶をと引越の時に菓子折りを持参したけれど、結局会えず仕舞いだったから初めて見たなぁ。
「えっと、あの僕最近こちらでお世話になる事になった者で、永お――」
「――ああ、アンアン言ってる子か」
「…………え?」
「可愛い声で喘いでるよね、結構な頻度で。あれ君でしょ?」
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