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SS_独占欲5

後ろにいる長谷さんへと振り向こうとした刹那、僕の視界は大きく傾き、手から離れたドアノブを映った。 「――隙きありーぃ」 「ぁ……え…………」 今、一体何が起こったんだろう?何か頬に柔らかい感触が……。 「はは、本当ふにふにで柔らかい」 視界を傾けたのは肩口に回っている手のせいらしい。 恐る恐るそれを辿って隣を見ると、そこにはやっぱり隣人の男性が僕を見下ろしていた。 「ぅ……あ……」 「そんなに狼狽えなくてもほっぺにキスぐらい挨拶でしょ?俺、海外暮らしの方が長いんだよね」 なんて男性は笑う。 さっきの、キス、された……? 言われた言葉を理解して肩口の手を思いっきり振り払う。 「酷いなぁ、結構痛いんだけど」 「さ、触らないでください!僕は日本人なので頬にキスで挨拶なんてしません!」 僕のバカ……。ついこの前長谷さんに周りに警戒しろって言われたばかりなのに。 あ、長谷さんは……。 怒ってる?呆れてる?あるいはその両方か。そう覚悟して目を向けた長谷さんは俯いていて表情が窺えない。 ただ僕が離してしまったドアを支えている手は拳を作っていて、それは血が止まってしまいそうなほど強く握り込まれていた。 「あ、の長谷さん……?」 「――郁弥くん、今日の見送りはここまででいいかな?僕は少しそこの彼と話があるから」 「え、でも……」 「ほら、早く行かないと遅刻しちゃうよ?いってらっしゃい」 上がった顔の笑っているけど笑っていない笑みと有無を言わさぬ口調。僕は何も言えなかった。 小さくごめんなさいと行ってきますを呟いて、僕は二人を残しその場を後にした。 これが今朝の出来事で、きっと今長谷さんは怒ってる。 僕が言われたことさえ守れなかったから……。 「は、長谷さん……その約束破ってしまってごめんなさい……。次からはもっと気を付けますから……、だから、その」 長谷さんの視線は手元のグラスを映したままだ。 「長谷さん………………」 「…………なあ、郁弥謝ってんじゃん!んなに怒ることないだろ!」 見かねた陽翔が言ってくれるけれど、僕はいいんだと制した。 だって約束を破ったのは僕だから。 「ごめんなさい……本当にごめんなさい………」 謝らないと。それしか僕には出来ないんだから。 徐に長谷さんの手が止まった。 言葉はない。視線も上がらない。 ただ届いたのは舌打ちと溜息。それだけ。 「…………」 ああ、知ってる。嫌と言うほど。 舌打ちと溜息は――。 “チッ……はぁ……あー、面倒臭ぇな。黙ってろっての、これだからΩは。優秀なのはセックスの時だけだな” 今まで幾度となく向けられてきたから。 だけど。 「…………っ…………」 「…………え、郁弥?ちょ、どうし……――長谷さん!」 好きな人に向けられるとこんなにも胸が痛いなんて、知らなかったな。

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