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SS_独占欲7
後ろ手でドアを閉め、僕は一歩男に近付く。
男は僕の顔を見るなり一歩後退した。僕は今、どんな顔をしているんだろう。
「そう、だけど……」
「そうなんだ、大切なんだね。だけど彼は僕にとって君のそれより何倍も大切で、大事なんだ」
「…………」
「君が彼に近付くなら、僕も大切なものを奪ってしまうよ」
ジリジリと後退していく男の背は、やがて廊下の壁にピタリとぶつかる。
「君の言ったことは概ね正しいよ。目にした事も事実だ。我ながら最低だったと思うほどに」
「…………」
「でも彼は違う。今までとは違うんだ。飽きる?残念だけどそれは無理。彼は一生愛すと誓った僕のたった一人の番だからね」
「番……はは、アンタそんな優男風なのにめちゃくちゃ独占欲強いな」
「そうだよ。僕は嫉妬深い男なんだ」
胸倉を掴んだ僕の動作で男は降参だと両手を上げる。
「分かった、分かった。もうちょっかい出したりしない。だから殴るのだけは勘弁」
「次はない、いいね?」
「はいはい、分かりましたよ。まさか番にまでしてるとは思わなかったからさ、悪かったよ」
もう郁弥くんには近付かないと約束させて彼の身を解放したけれど、今になっても苛立ちは収まらないまま。
やっぱり一発ぐらい殴っておけば良かったなと、自然と溢れた舌打ちと溜息。
大体可愛い声って何?聞こえてたって事だよね?
引越して来てくれた郁弥くんには申し訳ないけど、もう少し防音のしっかりしたマンションに引っ越そうか。
「――…………谷さん!」
いやもういっその事家でも建ててしまった方が……。
「――おい、長谷!」
「――うあっ!?」
考え耽っていた僕を現実に引き戻した耳元からの大きな声。
危なく手元のグラスを落とす所だった。
「ビックリした……もう何、藍澤くん?」
大声の主である隣の藍澤くんを見やれば、彼は顎で僕の正面を指す。流れる動作で視線を持っていくと、そこにはポロポロと大粒の涙を流す郁弥くんがカウンターに座っていた。
「え………え、郁弥くん……?な、何で泣いて……」
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