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SS_おねだり1
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「僕に何かしてほしい事とかない?」
朝目が覚めて挨拶を交わしたあと長谷さんは言った。
「してほしい事、ですか?」
「そう。この前泣かせてしまったお詫びに、今日は郁弥くんのお願い何でも聞いてあげるよ」
布団の中から伸びてきた大きな手が、優しく僕の髪を梳く。
心地よくて二度寝してしまいそう。
今日は僕も長谷さんも有給休暇。この前のお休みは何だかんだと落ち着けなかったから、今日は二人で寝坊して夕方には映画を観に行く予定なんだ。
ああ、そう言えば……その落ち着けなかった原因である隣人の男性はあれ以来見かけても変に絡んでこなくなった。せいぜい挨拶をする程度、それも遠くから。
長谷さんに何かしたんですかと訊こうとしたけれど、笑って誤魔化されたので真意の程は分かってない。
「うーん……でも僕、今幸せなのでこれと言って特には……」
「何でもいいんだよ?欲しい物とかない?」
「そうですね……………あ、じゃあ一つだけしてほしい事……」
「うん、いいよ。何かな?」
「えっと、その……今日一日だけで良いんで“俺”って言ってみてくれませんか……?」
その提案に長谷さんは驚いた顔を見せて、髪を梳く手も止まってしまった。
「やっぱりダメですよね、こんなお願い」
「ううん、全然構わないけど。むしろそんな事でいいの?」
「はい、ちょっと見てみたいです……」
「いいよ。本当にそれだけ?」
「…………あと、その、出来れば、郁弥って呼んでほしいです」
言ってる途中で何だか恥ずかしくなってしまったけど、長谷さんは嬉しそうに「いいよ」と頷いてくれる。
「じゃあ郁弥、そろそろベッドから起きて準備しようか。映画の前にお揃いの食器も買いたいから」
「は、はい!」
うわぁ……何かちょっとドキドキするかも。
呼び方違うだけなのに、破壊力が……。
「ぼ、僕のシャワー浴びてきます!」
「ふふ、いってらっしゃい」
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