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機関誌「革命旗」を編集する広報部は東中野のアパートの一室にあった。部長の山田は座布団からはみ出すほどでっぷりと肥っているが、大きな丸っこい指は驚くほどの速さでガリを切っていく。それを女性部員の高橋と中嶋が慣れた手つきで粗悪な紙に印刷した。
「ねえ、五十嵐さん知ってる」
「補給部にいる?」
「そうそう……あのひと活動やめて結婚するんだってさあ」
女性はどこにいても噂話が好きだなと白根は松岡の原稿の校正をしながら思った。
「五十嵐さんてどっかの病院の院長令嬢なんでしょ。やっぱりお嬢様にとって我々の活動なんて道楽なのかな」
「そういえば彼女、松岡さんと関係があったって聞いたことある」
「私もある。婚約者のひと、ちょっとかわいそうね」
「なんで?」
「だって、松岡さんて凄いんでしょ、あっちの方。比べちゃうよねえ」
聴き耳を立てていた白根の心はざわついたが、山田が咳払いするとふたりは黙って作業を進めた。だが15分もすると、またひそひそ話を始める。
「さっき押し入れから印刷道具出したとき、変な箱があった。知ってる?みかんの段ボール箱」
「一昨日来たときはなかったよね。部長、知ってますか?」
「松岡さんから預かったんだよ。みかんが入ってるんじゃないの」
山田は手を休めずに答える。
「こんな季節にですか?」
「……封されてるから、開けるなよ」
昨夜松岡が突然現れ、風呂敷に包んだ小さな段ボール箱を置いていった。しばらく預かってほしいという。山田と白根は風呂敷から出すかそのままにしておくかしばらく議論し、風呂敷は畳んで天袋に入れることにした。段ボール箱は目立たないように印刷道具の間に押し込んだが、妙に真新しく目についてしまう。
「そろそろ一休みするか」
部屋の空気を変えようと白根は立ち上がり、台所へ向かった。薬罐に水を入れ、ガスコンロにかける。
「コーヒーあるぞ」
山田が声が張る。
「奮発したな」
「今朝パチンコで当てた」
インスタントコーヒーの瓶はまだ封が切れていなかった。白根が蓋を開けたとき、玄関のドアがノックされた。
「誰か来るって連絡あった?」
「俺が出る」
山田は玄関をを塞ぐようにして立ち、ドアを開けた。
「どなたですか?」
相手の声は聞こえなかった。
「ええ、この部屋は僕が契約してます。ちゃんと住民登録もしてます。ほかに誰がいるって?友人がひとりいます。何してるって……同人誌を作ってるんですよ。内容?そんなの話す必要あるんですか?ははは、いかがわしい内容じゃないですよ」
相手の問いをのらりくらりとかわしながら山田は白根に目配せした。白根は頷き、外から見えない位置に回り込みながら奥の部屋に行き、押し入れを開けた。高橋と中嶋はあらかじめ部屋の中に置いていた靴を履いて音をたてないように窓を開け、二階にもかかわらず慣れた手つきで柵を乗り越えた
。
ドアが勢いよく開け放たれ、刑事たちが飛び込んできた。
白根は「愛媛みかん」と書かれた段ボール箱を押し入れから引きずり出し、窓の外に投げようとした。
「落とすな!」
怒声とともに男が白根の躰を抱き留めた。
「離せ……っ」
「駄目だ。それを床に置きなさい」
聞き覚えのある声。手首を掴む力は強く、振りほどけなかった。
白根は箱を床に置いた。次の瞬間、腕を後ろに回され躰を畳に突き倒された。白手袋をつけた若い捜査員が素早く駆けつけ、粘着テープを剥がして箱の蓋を開けた。
「やはりダイナマイトですね」
「ふん、そうか」
頭上で男のつめたい声がして、がちゃりと重い金属音が響いた。
「十五時六分、爆発物取締罰則違反だ」
山田の巨体がふたりがかりで押さえ込まれ、手錠を掛けられるのが目に入った。同時に白根の手首も拘束された。
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