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「泰、なんとか言いなさいよ」 「ごめん……お父さん、そんなにしんどいのか」 「本当は寝てなきゃいけないのに、仕事してる」 「今帰ったらどうなる?」 「お父さんはあんたに甘いもの。大丈夫よ」  敬子はハンドバッグからハンカチを取り出して目の周りに当てた。白根は唾を呑み込み、息を吸った。 「姉ちゃん、ずっと隠してたことがあって」  少し疲れた様子の敬子を噴水そばのベンチに座らせ、白根は自身の性癖について語った。これから先も女性を愛せる自信はないし、無理矢理結婚しても子供をつくれなくてお互いに不幸になると思っている。旅館しらねは自分の代で潰すしかないだろう。 「……そんなことだったの」  敬子の言葉に白根は頷くことしかできなかった。 「なにか悩んでるなあとは思ってたのよ。でもあんた勉強はできるし学校で問題は起こさないから、気のせいかなと思っちゃったのよね……わかってれば姉ちゃんが継いだのに」 「そんな……姉ちゃんに悪いじゃないか」 「だって、あたし旅館の仕事好きだもん。泰が跡継ぎだってみんなが言ってて、なんだか悔しかったなあ。それに井原とはお見合い結婚みたいなもんなのよ。悪いひとじゃなかったからよかったけどさ」  姉は夫のことを苗字で呼ぶ。よくあることだが、妻は他家から嫁いだ余所者であると暗示しているような気がする。 「お父さん悲しむかな」 「……もう長くないよ。言わないほうがいい」  敬子の言葉が重くのしかかったが、姉はそのあと明るい声で続けた。 「泰、少しでも気持ちがあるなら帰っておいでよ。きっとなんとかなるからさ。あたし、頑張って男の子二人産むよ。ひとり泰の養子にすればいい」  これから生まれる子の性別も、無事に生まれるかもわからないのに、敬子は笑ってみせた。白根もつられて少し笑った。 「姉ちゃん駄目だよ。子供が旅館をやりたいかどうかわからないじゃないか。電車の運転士になりたいかもしれない」 「それもそうだね……あっ」  敬子はお腹を撫でた。 「動いたあ」  白根は旅館を継ごうと決意した。

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