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 起訴が決まるまでは東京にいたほうがいいと助言され、白根は山田の住むアパートに厄介になっていた。まだ機関誌やビラの編集は続けていたが、以前のような熱意は持てず、松岡の論文にも感動できなくなっていた。山田も幹部に対して不満があるらしくたまに愚痴を言っていたが、それ以上の考えは浮かばなかったようで、白根が脱退の意志を伝えると一瞬目を丸くした。 「まあ、良いんじゃねえの」  ガリ切りの手は止めず山田は言った。 「他の組織の連中が過激なことやらかしてるから、俺たちの評判まで落ちてるだろ。それなのに上の奴らは直接行動を進めるなんて言いやがって。『革命旗』の雰囲気が悪くなってきたなと思ってたらあのダイナマイトだ。何考えてるんだか」 「山田はどうするの」 「俺も裁判始まるまでは大人しくしてるけど、白根の話を聴いてたら抜けてもいいのかなと思えてきた。どっか工場でも雇ってくれねえかな。普通に労働したいし、組合活動というのをしてみたい。労働者の立場で革命を見直したいんだ」  熱っぽく語りながら、山田は暴力革命を説く論文の原稿を仕上げていった。 「しかし意外だな。白根は抜けないと思ってた」  何故かと問うと山田はにやりとした。 「松岡に心酔してるようだったからな。いつも後をついてて身の回りの世話をしてたじゃないか。女房か?ってみんな言ってたぞ」  やっぱり傍目からもそう見えるのだなと白根はすこし恥ずかしくなった。 「……正直、松岡さんのことはまだ尊敬してるし、別れがたいと思ってる」 「はは、恋人みたい」  山田は肥った躰を揺らした。 「まあ、松岡さんも気の毒だよな。佐藤さんたち当分出られないだろうし。俺たちみたいに抜ける奴増えるだろうからなあ」 「……」 「そういえば松岡さん指名手配されちゃったけど、どこ行ったんだろうな」 「ここには来ないだろ」  松岡に直接別れを伝えられずに、東京を去ることになるのかと白根はすこし未練を感じた。

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