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弁護士からなんの連絡もないまま冬を迎えようとしていたある夜、白根はアパートの外に立っている大木戸の姿を窓から見かけた。起訴の決定がされる時期だから、誰か訪ねてくると考えたのだろうか。いや、彼のことだから実はずっと張り込みしていて、この日だけわざと目立つような位置に立っているのだろう。
白根は素足に下駄を履いて外に出た。
大木戸は街灯に照らされて立っていた。三つ揃えのスーツに中折れ帽という紳士然とした格好で、住宅街のなかでは完全に浮いていた。
「気付かれちゃったな」
大木戸はおどけてみせた。
「……わざとでしょう」
「うん、君と話したかったから」
からかわれているのかと白根は腹立たしくなり、アパートに戻ろうと踵を返した。
「不起訴になったそうだね」
大木戸の言葉に白根は驚きを隠せず振り向いた。
「……なんだ、まだ聞いてなかったのか。ちゃんと仕事をしろって君たちの弁護士に言わないと」
「じゃあ、貴方ともお別れですね」
「おや、脱退するのかい」
「まあそうです」
なんだか喋り方までよそよそしくなってしまって残念だなと、大木戸は冗談めかして言った。
「足掛け二年は君に貼りついていたから、なんだか他人事には思えないな。これからどうするの」
「家業を継ぐんですよ」
「じゃあ、松岡とも切れたんだね」
白根は頬が熱くなるのを感じた。
松岡は平然とした顔で続ける。
「我々の間でも彼は有名なんでね。あの女癖の悪さで失脚しないのは不思議なくらいだ。青年革命連合は人材不足なのかな。でも、君にも手を出しているとは思わなかった」
松岡との関係を、この男に知られていたなんて。
しかし、仲間には隠そうという意識はあっても、赤の他人に対しては無防備だったのかもしれない。借家に暮らしていたとき、安ホテルでの逢引……彼に求められるまま声を上げもっと慾しいと口走っていた。みんな聞かれていたのか。
「そんな顔しないでほしいなあ。俺だって偶然見てしまったんだし、君の名誉のために誰にも言わないよ」
「……そりゃどうも」
白根は冷静さを取り戻そうと努力していた。
「あいつのこと、好きなの?」
軽い調子で大木戸が訊ねる。世間話のつもりなのか本当に知りたいのか、質問の意図がわからなかったが、白根は冷たく答えた。
「彼とは組織を通しての繋がりしかありません。僕はもう抜けるんですから……」
木枯らしが吹き抜け、裸の足が縮み上がった。大きく息を吸って白根は続けた。
「もう僕を尾行しないでください」
松岡はやさしい目をして頷き、小さく手を振って白根の脇をすり抜け、のんびりした歩調で去って行った。
自分はどんな表情をしているのだろうと白根は怖くなった。
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