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 指示された喫茶店はサラリーマンや学生で混雑していた。ウエイトレスは仏頂面で事務的に注文を取って足早に去っていった。こんな店ならば店員たちの記憶も曖昧で、足がつき辛いだろう。  白根はテーブルを挟んで向かい合っている相手を見た。指名手配されている松岡は眼鏡をかけて髪型も変えていた。 「黙秘を貫いたんだってな。立派じゃないか」 「どうも」  方針に疑問があるとはいえ、自分のプライドとともに松岡を守りたい気持ちが黙秘の完遂に繋がったのは確かである。しかし公安の捜査網は彼らの自白など必要とせずに地道な聞き込みで松岡を容疑者に絞り込んでしまった。 「驚いたよ、脱退するなんて」 「なんだか、疲れてしまったんだ」 「そういうこともあるだろう」  松岡はハイライトの箱から一本取り出して火をつけた。逃亡のために煙草の銘柄まで替えているのだろうか。 「近頃、辞める奴が増えててね。まあ、世間の風当たりも強いし仕方ないが……しかし、君に革命を信じる気持ちが残っているならいつでも戻ってきて欲しい」 「……」  ソーサーが割れそうな音をたててコーヒーが置かれた。一口飲んでみたが、煎れてから時間が経ち過ぎているのか恐ろしく苦い。仕方なく砂糖とミルクを入れてみたが、余計に不味くなるだけだった。 「『連合』はこれからどうするんだ」  白根は訊ねた。 「抜ける癖によく訊けるな」 「戻ってきて欲しいんだろ?」  ソファに寄りかかり腕を組んで、松岡は目を閉じた。 「直接行動で革命の前段階を進めていく」 「それは……」 「まずは指導者の集結だ」  白根は苦みばかりのコーヒーを啜った。  幹部たちの大部分が収監されているのにどうするつもりなのか。そもそもこの社会で本当に革命を遂行することができるのだろうか?  訊ねても松岡は答えてくれそうにないので白根も黙っていた。  右隣に座った背広姿の二人組は営業マンらしく、売り上げがどうのと自慢話をしているらしい。左隣はまだ頬に面皰の残る学生で、フォークソング談義に花を咲かせていた。革命を起こすにはもう手遅れなのではないか。自分たちが取り残されているような淋しさを白根はおぼえた。 「もう行くよ。家に着くのが夜になる」 「ああ、呼び出して悪かったな……」  松岡は古びた旅行鞄をテーブルの上に置いた。 「どうしたの、これ」 「餞別だ。大事にしてくれよ」  白根は何気なく留め金を外して開けようとしたが、松岡は手を鞄に置いて止めさせた。 「人のいないところで開けてくれ」  鞄はずっしりと白根の指に食い込んだ。重さからして松岡愛用の思想書を分けてくれたのかと白根は予想した。指名手配中で住まいを転々としているから荷物は増やせないだろう。それに白根が組織に復帰することを期待してくれている彼の言動とも一致する。  松岡と別れ混雑した自分の登山用ザックと旅行鞄を抱えて電車を乗り継ぐ。ようやく人気の無いH**線のボックス席に落ち着くと、白根は期待に胸を膨らませて鞄を開けた。  中に入っていたのは本ではなく、油紙に丁寧に包まれた幾つもの塊だった。  白根は油紙を広げた。  次の瞬間、驚愕で息が詰まりそうになり、慌てて鞄を閉じて天井を仰いだ。  松岡の餞別は拳銃だった。

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