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 押入に忘れられていたシーツで体液を拭い、白根は服を整えた。大木戸はすっかり感傷的になっていて名残惜しそうに白根の躰を抱き寄せたが、白根は目を合わせまいとしていた。この男の慾望に応えて快楽に溺れてしまった自分に怒りすらおぼえていた。  しばらくすると大木戸は背広の胸ポケットから紙片を取り出して床に置いた。それは二週間前の新聞記事の切り抜きだった。 『暴力団員 拳銃売買で検挙 三年で二十丁』 「これはK**県警が追っているものなんだけどね、今のところ十二丁までは売却先が割れて検挙できている。あと八丁の行方がまだわからない」 「それがなにか……」 「青年革命連合は、君が抜ける少し前からだいぶ主張が先鋭化していた。『革命旗』は全号読ませてもらったよ。君は編集をしていたからもちろん〈直接行動〉とか〈銃による革命〉なんて言葉を何度も目にしていただろう」  社会面の片隅で見出しだけが読み飛ばされそうな小さな記事を白根は手に取った。二百字ほどの本文に、東京の革命組織との接点は見出せなかった。 「〈銃による革命〉……君たちはどうやって銃を手に入れようとしていたんだ?」 「……」 「『革命旗』を読んでいて、俺はずっとそれが疑問だった。手っ取り早いのは銃砲店に押し入って猟銃を盗むことなんだが、危険が大きすぎる。殺傷能力は高いが、街中で持ち歩くものじゃないしね。単なる比喩的表現に過ぎないのかと弱気にすらなったよ」  不意に広報部長だった山田の顔が浮かんだ。彼は今どうしているのだろう。一時は共同生活するほどだったけれど、白根が抜けてからは葉書のひとつも送ってはこない。もうあのアパートも引き払ってしまっただろう。  ……山田と白根は少なくとも〈銃による革命〉はその言葉通りのものであると──遂行できるかどうかはともかく──認識していた。  大木戸は続ける。 「この記事を見つけて、俺は慌てて県警に照会をした。そのヤクザから銃を購入した疑いのある者がいると何人かの写真……部下にも協力してもらったよ……を送って勾留中の容疑者に面割りをさせた。記憶力の良い奴で迷いなく選んだよ。松岡の写真をね」 「……僕はなにも知りません」 「それなら良いと俺も願ってるよ」  大木戸の声が無機質に響いた。 「ねえ白根くん、銃はどこへ行ったんだろうね。トカレフ八丁じゃ弾がいくらあっても革命の遂行は無理じゃないか。むしろ、革命などというぼんやりしたものではなくて、もっと現実的な犯罪に使われるのではと危惧しているんだよ……君がそれに巻き込まれないか心配なんだ」 「……帰ってください」  大木戸は素直に立ち上がった。 「明日から俺もドライブインの聞き込みに回ることになってね。仕方がない、こちらは収穫がないんだから」  このまま大木戸は撤退するのか。喜ばしいことのはずなのに、白根の胸には煤けた澱が溜まっていくようだった。 「大木戸さん」  白根は名前を呼んでみた。 「なんで僕を任意で引っ張らないんですか。貴方なら何とでも理屈をつけて連れて行けるはずだ。そうすればなにもかも上手くいくとわかっているでしょう」  靴を履いた大木戸は苦笑いを浮かべた。 「惚れた弱みかなあ」

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