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 潜伏も五日を過ぎると流石の松岡も苛立ちを隠せなくなってている。煙草も尽き、文章を書こうにも筆がまったく進まず、布団に寝転んで天井を睨んでいるか、白根が持ってくる新聞を隅から隅まで読むことしかできなかった。 「公安はまだこの辺をうろついているのか」  白根が部屋に行くと訊ねるのはそればかりだった。 「いや、多分引き上げたんじゃないかな」  大木戸の言葉を頭の中で反芻しながら白根は答えた。 「じゃあ明日取りに行くぞ」  喫茶店で松岡に渡された鞄は駅を降りたその足で山へ行き、埋めた。善悪を判断する余裕はなく、ただ誰かに見られはしないかと恐怖に駆られたまま、必要以上に深く穴を掘り、鞄を放り込むと周囲との違和感が無いように注意深く土を盛った。そして記憶から消し去る努力をした。  松岡が現れなければ、永久に忘れていただろう。  松岡も大木戸も、過去のものにして日々の労働に躰をゆだねていたかったのに。  すでに日付が替わる時分だったが、松岡は興奮しているのか目をギラギラさせ寝ようとする様子はなかった。 「あの銃……どうするんだ」  白根は意を決して訊ねた。 「組織を抜けた奴に教える気はない」  半ば予想していた返答だったが白根は食い下がった。 「僕が脱退するのをわかっていて預けたんじゃないか。僕は危険を冒してここまで運んで三年間隠してたのに、その仕打ちかよ」  これまで言葉が少なく忠実だった白根に口答えされるとは思っていなかったのか松岡は目を丸くし、やがて表情を和らげた。 「……そうだな。白根にあれを託したのは、沈黙を守れると見込んだからだった。確かにお前はやり遂げたよ。秘密を共有する同志もいないなかでよく頑張ってくれた」  ねぎらいの言葉をかけられると白根の意地は途端にしぼんでしまいそうになる。しかし、三年間守り抜いたものの目的をどうしても聞いておきたかった。 「旅客機だ」  躰が一気につめたくなるのを白根は感じた。 「……乗っ取るのか」  松岡は頷いた。 「八丁の銃、弾は五十発ずつ。四グループに分かれて成田、羽田、大阪、新潟の各空港からほぼ同時刻に離陸する旅客機に乗り込む。離陸後コックピットを制圧、空港に引き返す。それから交渉を始める。収監されている同志を解放し、旅客機に搭乗させたらN**国へ飛行させる」 「そんな……大がかりな」 「一機だけでは制圧される可能性が高い。四機同時に決行することで、官憲の混乱を狙い成功の確率を高める」  松岡の躰は震えていたがその顔に恐怖の色は無い。むしろ神経の昂揚が脣を引き攣らせ笑っているかのようだった。 「N**国に行ってどうするんだ。革命を遂行するんじゃなかったのか」 「今はまだ遂行の機会ではない。まずは体制を整える必要があるがこの国では俺たちは包囲されてしまってもう難しいんだ。N**国の同志たちと手を結びまずあの国から変革していく」  本当にそれで良いのか?白根は問いたかった。しかし言葉にしてしまったらなにもかも崩れてしまうような気がして、声が出なかった。  松岡の手が白根の頬に触れた。 「お前も一緒に来ないか?」

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