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 大木戸は丸腰だったが、制服姿の警官は銃を手にしていた。人員や装備があまりに手薄だ。彼らは松岡をしばらく泳がせるつもりだったのだろう。若い警官たちは急に遭遇した人質事件に動揺しているが、大木戸は想定していたのかと思わせるほど冷静な様子で、笑みさえ浮かべて軽口をたたいた。 「俺は百戦錬磨だから別に構わないけど、こいつらは警察学校出たばかりなんだから、あんまり過激なもの見せるなよ」  あの接吻を見られていたのかと白根は羞恥でいたたまれなくなったが、松岡はますます白根をきつく抱き寄せ銃口を強く押し付けた。微かに硝煙のにおいがするような気がした。松岡が弾を五つは装填しているのを白根は見ていた。暴発したら即死するかもしれないと死の恐怖が白根の脳裏をよぎる。病院で敬子と看取った父親の顔が浮かぶ。 「あの男に俺を売ったのか?」  松岡の声は不思議と静かで、怒りや悲しみといった感情は窺えなかった。 「……これ以上罪を重ねて欲しくないんだ。まして、一般人を巻き込むハイジャックなんて。人が死んだらどうする」  耳のすぐ近くで鈍い金属音がした。松岡が少しでも手を動かすと恐怖が増すが、白根は気力を振り絞って続けた。 「僕は死にたくない。誰にも死んで欲しくない。松岡……お前にも殺人を犯してもらいたくないし、それ以上に死なないで欲しいんだ」  夢中で喋っているうちに涙が出そうになった。松岡に比べて、自分の内面にはなんの思想も無い。ただ感情のままに生きているだけだ。松岡を説得することなどできない。  案の定、松岡は動じていないようだった。 「それはお前の感覚だろう。俺にとってはすべて革命遂行のためひ必要なことで、多少の犠牲は仕方が無いと思ってる……たとえ俺自身が死んだとしてもだ」  人ごとのように自らの死を語ると、松岡は素早く銃を天に向け発砲した。少しずつ接近していた警官たちが数歩下がる。 「白根、全部鞄に入れろ」 「……」 「死にたくないんだろう」  銃を向けられて促されるがままに白根は鞄に油紙や弾丸の箱を詰め直し、鞄を閉じた。松岡は白根に鞄を持たせた。 「お前も行くぞ」 「人質なのか」 「まあな。一緒にN**国へ行ってもらう」 「君にとって僕は裏切り者だろう?」  反問されて松岡は少しの間逡巡しているようだった。 「惚れた弱みかもな」  自嘲的な笑みを浮かべ、松岡は白根を立たせた。手に七丁の銃の重みが食い込む。これがかつて仲間だった七人の手に硝煙のにおいを残すのかと思うと掌に汗が滲んだ。かつて白根が参加していたデモのような大義名分は彼には見つけられなかった。革命であっても空想のうちであればまだ美しいが、現実のものにしてしまえば血の色を拭い去ることはできない。

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