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夢寐・下
「はぁー……」
朝練が終わると同時に、風来は深いため息をついた。
「どうしたどうした。我が陸上部、中長距離のホープがそんなため息ついて。夏バテか?」
風来のため息に気付いた諸富 が、冗談交じりで声をかけてきた。
「いえ、夏バテじゃないんですけど」
「じゃあ、何か悩み事か?」
「んー、悩み事と言うか……」
諸富は風来の1学年上の先輩で、同じ中長距離を専門としている。
スポーツ心理学を専攻していることもあり、陸上部のメンタルサポートも行っていた。
「夢見が悪くて」
「ゆめみ?どんな夢?」
「どんなって……」
風来はここ最近見ている夢の事を思い浮かべた。
真夜中、ベットで寝ている自分に友人が悪戯をする。
いや、アレはもはや悪戯ではない。
初めは軽く触れるだけ、擽ったい程度だったが、徐々に大胆になっていく行為。
特に昨日の夢など、とても人様に話せる内容ではない。
「怖い夢っすかね」
風来は何となく誤魔化すように苦笑いで答えた。
「怖い夢か……、疲れが溜まっているのかもな。タイム自体は今のところ悪くないが、後々体調に表れるかもしれない。十分に体を休めろよ」
真面目に心配する諸富に対し、夢の内容を考えると風来は少し申し訳ない気持ちになった。
「ところで、アイツのところに行かなくていいのか?」
諸富は、練習が終わった直後からチラチラと視界に入っていた、最近よく見かける人物を指差した。
「あーっと……」
そこには長身の美丈夫。
風来と目が合った彼は、ニコリと笑い手を振る。
逆に風来はぎこちない顔で手を振り返す。
「行かないのか?」
いつもだったら、気づくと直ぐに彼の元へ駆け寄る風来が、今日は行こうとしない。
校内一のイケメンとして有名な彼。
周囲が気づかない訳がない。
まして、仲の良い友人であろう風来が気付かないことがあろか。
諸富は不思議に思い尋ねた。
「あ、はい……。すいません、ちょっと行ってきます」
実を言えば、あの夢を見るようになって、風来は妙な罪悪感から何かと言い訳をつけて彼を避けていた。
よく見に来ていた部活も、大会が近いから来ないでくれと断るほど。
が、その大会も先週末に終わった。
だから彼も当たり前のようにやってきたのだろう。
風来は重い足取りで彼の元へ向かった。
「お疲れ様、風来。朝練終わりだろ?一緒に講義行こ?」
風来が近くへやって来ると、彼は爽やかな顔を風来に向けた。
穢れとは無縁そうなその顔に、風来は罪悪感でいっぱいになる。
まさか、まさか友人が見ている淫靡な夢に、自分が出演しているとは思うまい!
「いや、ちょっと、今日1年が休んでさ、俺が片付けすることになって……。だから、先行っといて」
風来は彼を直視することが出来ず、思わず俯いて"はははっ"と笑った。
「うん、分かった。先行って、席取っとくよ」
「じゃ、よろしく頼むな」
そして、逃げるようにグラウンドへ戻って行った。
だから風来は気付かなかった。
「Mit Freuden」
彼が、あの淫靡な夢と同じ顔で笑っていることに。
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