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追憶・下
東京生まれのアルバンと進学を機に上京してきた風来。
二人の出会いは偶然だった。
名前の通り、風来はアルバンの前に風のようにやって来た。
大学に入り、新生活にバタバタしていたアルバンは、しばらく誰ともヤッてなかった。
身体が成長し、自分の性欲をコントロール出来るようになっていたのもあり、高を括っていたのが悪かった。
突然、構内で体調を崩したのだ。
肉欲を呼び起こす熱が身体に回り、彼は一瞬で周囲の雰囲気が変わったのが分かった。
思い出されたのは、13歳のときに起きたあの出来事。
あの時のようにされるがままはないにしても、大学 では相手が多すぎる、このままではヤバい。
そう思ったアルバンは、何とかして人気 のない場所を探し走った。
人数が少なければ、自分主導でゆっくりと熱を治めることができる。
必死で逃げ回り、何とか欲に眩んだ人間達を振り切ったアルバンは、近くのベンチに腰掛け息を整えながらこの後のことを考えた。
とりあえず、この状態でうろつくのは愚行だ。
1回どっかでヌいてから相手を探すか。
いや、1回ヌいたぐらいじゃどうにもならない。
3人までなら相手に出来るが、都合よくそんな人数が現れるか。
アルバンが熱で朦朧とする頭で、考えられる最善策を何とか絞りそうとしたときだ。
「ねえ、君。大丈夫?」
不用心にも目をつぶって考えていたアルバンは、すぐそばに人が来ていることに気が付かなかった。
ハッと思って目を開けたときには時すでに遅く、覗き込むよう彼を見つめる青年が、風来が立っていた。
「えっ、顔真っ赤じゃん!……もしかして?!」
アルバンの顔を見るなり、風来は慌てて鞄の中からペットボトルを出した。
「これ、今買ったばかりで冷たいから!とにかく飲んで!」
「えっ、あっ?!」
プシュッと蓋を開けグイグイとアルバンの口に持ってくる。
思わず飲み込んだ冷たいスポーツドリンクが、熱で渇いていたアルバンの喉を潤す。
「ちょっと、ちょっと待ってて!」
アルバンに飲ませたペットボトルをそのまま押し付けた風来は、いきなり走りだし、消えたと思ったら別のペットボトルを持って再びアルバンの前に現れた。
「はい、こっち!ここに横になって!」
アルバンは木陰になっていた方のベンチに移動させられ、横になるように促された。
「ちょっと、ごめんね」
言うが早いか、風来はいきなりアルバンが着ているポロシャツのボタンを外し、そのままズボンのベルトに手をかけてきた。
アルバンはギョッとして目を見開いた。
まさかヤられる!?
風来の気迫に押され、なすがまま指示に従っていたアルバンだったが、やはり自分の熱にこの青年も当てられていたのかと思い、逃げを打つため慌てて起き上がろうとした。
「ちょ、何いきなり起き上がろうとしてんだよ!」
だが、アルバンは思ったより強い力でベンチに押し戻された。
「いい、君は熱中症なんだから!とにかく服を緩めて冷やす!これで首元冷やして!あと、これももっと飲んで!」
ベンチの横に膝を着いた風来は、買ったばかりのペットボトルをアルバンの首に当て、空いた手でアルバンの頭を少し持ち上げると、再びスポーツドリンクを飲ませてきた。
結局、アルバンはそのまま風来に身を委ねた。
そうして10分ぐらい経っただろうか、いつもはヤラなければ落ち着かないアルバンの熱が、いつの間にか消えていた。
「んー、もう大丈夫かな?」
風来はアルバンの顔を見て"うんうん"と頷く。
「マジ、熱中症甘くみてたらヤバいからね。ウチの親父、去年熱中症で倒れて救急車で運ばれたれんだから!今後は気をつけるように!」
立ち上がった風来は、パッパッと膝の砂を払い、そのまま立ち去ろうとした。
「待って!」
いつもは他人など気にも止めないアルバンだったが、何故か風来のことが気になった。
「名前、君の名前教えて!!」
「え、名前って……俺の?」
アルバンはコクコクと頷く。
「そんな……、名を名乗るほどの者じゃ〜ないけどぉ〜……風来、椎名風来だよ」
風来はおちゃらけて言う。
「じゃ、俺、部活あるから!気をつけてね!」
くしゃりと笑った風来は、今度こそと言わんばかりに大きく手を振って去って行った。
取り残されたアルバンは、風来が去って行った方向をしばらく見つめていた。
「にしな……ふうら……」
アノ妙な熱がなくても、アルバンを見れば大体の人間が簡単に彼の虜になる。
しかし、風来は違った。
アルバンの熱に捕われることなく、いち人間として彼に接していた。
それからアルバンは風来の事を徹底的に調べた。
椎名風来、19歳。
自分と同じ大学の1回生。
社会学を専攻。
高校での評価はB。
陸上競技部で中長距離、専門は1,500m。
成績は高校3年時のインターハイで入賞。
性格は明るく、妹と弟がいるためか世話好き。
友人関係は良好で、小学校から大学まで同じ学校に通学している親友が1人。
高校2年時に初めて彼女が出来たが、大学進学を機に別れ現在はフリー。
好きな食べ物は酢豚、嫌いな食べ物は茄子。
趣味は数独で、暇があればスマホで数独をしている。
ファッションにはあまり興味はないが、グリーンが好きなのか、グリーンの服をよく来ている。
事細かに風来の事を調べたアルバン。
その間、アルバンはいつもの熱とは違う、温かくも仄暗い熱に浮かされていた。
アルバンは忘れられなかったのだ。
風来の透き通るほどまっさらな瞳が、優しく清らかな風来が、アルバンの心を捉えて離さなかった。
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