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夢想・下
「……う、ぅ……」
まだ頭が覚醒しない風来は、しばらくベッドの上でモゾモゾと寝返りをうっていた。
「……ん?」
徐々に目が覚めてきたのか、ピタリと動きが止まった。
どこか違和感を感じた風来が、ガバリと上半身を起こせば見慣れぬベッドの上。
それからゆっくり部屋の中を見回す。
12畳ほどの部屋にあるのは、有名ブランドの間接照明とナイトテーブルのみ。
空調が効いていて、掛けられていたブランケットはとても肌触りが良い。
質の良い部屋であるのは明らかだった。
「……どこだ、ここ」
風来は起きたばかりの頭で、知らない部屋 に至るまでの記憶を思い起こす。
大学へ行って、悪友の高橋と喋って、その後は…。
考えながらふと自分を見ると、白いTシャツを着ていることに気づいた。
「あれっ!?」
そして風来の目に入ったのは、日に焼けただけの腕。
今度は慌ててTシャツを捲 った。
普段日に当たらない腹は真っ白。
ただ、どちらの肌も綺麗だった。
どういうことだと風来が困惑していると、コンコンコンと控えめなノックの音に続いてスーッと部屋の扉が開いた。
部屋へ入ってきた人物と起き上がっていた風来の目が合う。
「起きた、風来?」
少し眉を上げた彼の手にはトレー。
トレーの上には水の入ったグラスとカットされたリンゴ。
それをナイトテーブルに置くと、風来のそばに腰を下ろした。
「大丈夫?」
彼は徐に 風来の頬を撫で、ゆっくりと風来を抱きしめた。
ゆっくりした動作だったが抱きしめる力はしっかりとしていた。
「いきなり倒れたからビックリしたよ」
「……あ、る?」
不意の抱擁に、何とか出した風来の声は蚊の鳴くような声だった。
しばらくして、抱きしめていた腕をほどき、風来と少し距離を取ったアルバン。
その顔は心配そのものだった。
「えーっと、俺……」
「熱中症で倒れたんだよ」
「えっ?」
「俺に熱中症を甘く見るなとか言っといて、自分が倒れるとか、ホント、本末転倒だよ」
アルバンは困ったように笑いグラスを取ると、風来に"はい"と言って渡した。
風来はとりあえずひと口飲んでグラスを返した。
「ベンチから立ち上がるなりふらっと倒れたからマジで焦ったよ」
「そう、だっけ?」
「そうだよ」
何となく違う気がした風来だったが、高橋と別れた後の記憶はおぼろげだ。
「事務局に何か提出するって言ってたから、さっき連絡しといたよ。聞いたら急ぎの書類じゃないって事務員さんが言ったから、勝手にでごめんだけど、来週提出する様に伝えますって言っといた。……はい、風来、あーん」
ニコリと笑い、フォークに刺したリンゴを風来の口へ持っていくアルバンに対し、差し出されたリンゴを見て、目をぱちくりさせる風来。
これは……"アーン"ってことか?
そう思った瞬間、一瞬で顔を朱に染まらせた風来は、アルバンの手からサッとフォークを取って乱暴にリンゴをかじった。
その様子を見て、アルバンは"あー残念"と言いながらクスクスと笑った。
「……ありがとう」
「まだいる?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
返されたフォークを皿に戻したアルバンが、少し姿勢を正して風来に向き直ると、にこりと笑いそのまま風来の唇にそっと口づけた。
「ちょ、な、何!?」
風来は、何の脈略もなくキスをしてきたアルバンに驚き、胸をのけ反らせる。
「何って、キスだけど?」
「そ、そんなことは分かってる!何でキスするんだよ!」
全く意に介していないアルバンに、風来は思わず声を大きくした。
「お、俺のこと、介抱してくれたのは、分かる。け、けど、だからって………あ、アル?!」
風来が何をどう言えばいいか言葉を探していると、アルバンが風来の両手を取り、包み込むように握った。
「俺、気づいたんだ。風来が、目の前で、いきなり倒れて……ホントに心配した」
先程とは打って変わって真剣な表情で見つめてくるアルバンに、風来の口は自然と閉じた。
「たまたま軽い熱中症だったけど、これがもし大きな病気で、二度と風来と会えなくと思ったら……」
アルバンは握った手を口元に持っていき、風来の手首に再び口付けを落とす。
「Ich liebe dich」
愛の言霊を添えて。
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