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第3話

 かなりな湯あたり状態でミハイルをひっぺがし、湯船から上がると、スーツの代わりに漆塗りの衣装盆に用意されていたのは、浴衣だった。確かに温泉で湯上がりとくれば、これしかない。  ふたり、それぞれネームカードが添えられていたので、間違うことは無いが、よくミハイルのサイズがあったものだ。 「リキシも浴衣だろう」 と言われれば、それはまぁそうだが、相撲取りのそれとはえらく印象が違う。  特注の濃い藍の麻地の裾回りに白波が力強くうねり、飛沫を上げるさまが、とてつもなく格好いい。生成りの平織りの角帯を貝の口に結んだ姿は様に成りすぎてる。  俺はと言えば、生成りの麻地に流水に蓮の花....って、これって....。 「女物じゃねぇか!」 と怒ったものの、 「仕立ては男用だ」 と言われれば、まぁそうなのだが、濃い緋の長帯を締めた日にはやはり、女にしか見えない。情けない。 「裾回りさえ気にしなければ良いのですよ」 と女将に慰められてもやはり凹む。 「昔のお武家さんには、わざと女物の着物を粋に着崩した伊達男もいたというじゃないか」  ミハイルが、目尻を下げながら、それらしいことを言うが、それは傾き者の世界だ。俺は前田慶次じゃない。だいたいガタイが良いからそれが絵になるのであって、俺が着たんじゃ単なる女装だ。 「まぁそうむくれるな。三日後には花火も上がる」 「花火?」 「近くの街で夏祭りがあるそうだ。ここから良く見えるらしい」  二日間は、ミハイルのわがままを聞いて、和服で近くの寺や史跡を巡り、蛍を眺めたりして、のんびり過ごした。  そして....夏祭りの夜になった。  雪駄を履いて庭先に降りる。既にイリーシャとニコライ、邑妹(ユイメイ)が待っていた。イリーシャはアーミーらしいシャツにジーンズで少しリラックスした感じだが、ニコライは相変わらずのスーツだ。サンクトペテルブルクから比べるとかなり気温は高いはずだが、平然としている。 「暑くないのか?」 と訊くと、 「気持ちの問題です」 済ました顔で返された。  一方、邑妹(ユイメイ)は、黒地に大胆に牡丹の柄をあしらった浴衣姿で、藤色の半帯を立て矢に結んで立っていた。大柄で貫禄のある邑妹(ユイメイ)にはぴったりだ。 「邑妹(ユイメイ)、似合うよ。格好いい」  俺は下心なく正直に誉めた。ミハイルも大きく頷いていた。邑妹(ユイメイ)は嬉しそうにニコニコと笑って俺の肩を軽く叩いた。 「ありがとう、小狼(シャオラァ)。あなたも可愛いわよ」  いや、邑妹(ユイメイ)、その誉め言葉は嬉しくない.......。    ともかくも女将に案内され、食事の膳の用意されているという庵に向かった。 「ラウル、ほら....」  着物の裾捌きに慣れない俺に、ミハイルが手を差し出した。手を繋いで石段を登る俺達を邑妹(ユイメイ)達が、実に嬉しそうに見ていたのは、きっと気のせいだ。  もう少しで、庵に着くというところで、俺はふと耳を傍立てた。  近くで、きゃっきゃっと子どものはしゃぐ声が聞こえたからだ。それは少しずつ近づき、そして聞き覚えのある声が優しくそれを諌めた。 「ダメよ、ユーリ。走らないで....」

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