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第2話

俺は眉を寄せてゲスな妄想をしている友人達を睨んで教室から見える窓を見つめる。 だから天使だって言ってるだろ!付き合うとか何を考えているんだ! 歩夢ほどではないが、昔はまだ可愛げがあったが今の俺はどう見ても可愛さとはかけ離れている。 顔もキリッとした男らしい顔になり、ほどよく筋肉もある。 そんな俺と歩夢が隣を歩いて釣り合うなんて思えない。 それに俺も歩夢も男以前に兄弟なんだから付き合うとかはありえない。 歩夢に盲目的だが、そのくらいの常識はある…歩夢に背徳感を味わわせたくない。 俺は普通に女の子の事が好きだから歩夢の事を恋愛対象として見た事はない。 俺は弟を溺愛しているだけなのに誰が流したか知らないが中学の頃から男が好きだと変な噂が流れた。 ムキになって否定すると本当っぽいから、友人にだけ否定しといた。 俺が歩夢を愛でているだけなのを知ってる周りは、弟好きが男好きだと勘違いされたんだと信じてくれた。 しかし、1度も会った事がない野郎共は俺が男好きだと勘違いして襲われそうになった。 まぁ、弟を守る騎士になる夢がある俺にひょろひょろの奴に負けるわけがない。 返り討ちにしてやって、その噂が小さな学校中にすぐに広まりいつの間にか男好きの噂は消えた。 そのかわり、不良だと言われてしまい…女の子達から怖がられ避けられてしまった。 そのせいで未だに彼女がいない、俺は不良ではないんだけどな。 高校でまだ不良だと思っている同じ中学の奴らがいるから、また俺が不良だと変な噂が流れるのは時間の問題だろう。 喧嘩は売らないし買わない…己の身を守っただけなのに… 「早くお前も彼女を作って弟離れが出来たらいいな」 「歩夢と俺は兄弟なんだぞ!離れられるわけないだろ!」 好き勝手言いやがって、俺はただ歩夢の幸せだけを望んでいるだけだ。 辛く悲しい幼少期を過ごした歩夢には笑ってほしい。 確かに自分でもちょっと歩夢に対してストーカーっぽいかも…と思い始めて、学校の送り迎えはやめた。 歩夢は部活に入っていないから、俺も早く帰れるように部活には入っていない。 両親が共働きで、歩夢は家事が全く出来ないから腹を空かせているであろう歩夢のために走って帰る。 住宅街の真ん中に建つ、赤い屋根の一軒家が俺と歩夢の家だ。 家の鍵をカバンから取り出して、カチャリと開く音を聞いてドアを開こうとした。 しかしドアは硬く閉ざされていて、変に思い再び鍵を差し込んだ。 今度はすんなり開き、ドアが最初から開いていた事になる。 慌てて家の中に入ると、玄関の近くで丸まる小さな人影が見えた。 「歩夢っ!どうしたんだ!?」 膝を曲げて座り込んでいる歩夢に駆け寄ると、耳をすまさないと聞こえないほどの小さな声だったがすすり泣く声が聞こえていた。 もしかして誰かにいじめられたのか?昔の悪夢がフラッシュバックして顔を青ざめる。 歩夢の肩に触れると、すぐに歩夢により腕を振り払われた。 今まで拒否られた事がなくて、驚いて言葉にならなかった。 伏せていた歩夢が顔を上げて、俺の方を睨んでいた。 俺、歩夢になにかしただろうか…朝は笑顔で「いってきます」と言っていた筈だ。 「あ、ゆむ…?」 「なんで僕のお兄ちゃんなの?」 「……えっ?」 「お兄ちゃんの過保護にはもううんざりなんだよ!」 歩夢が勢いよく立ち上がり、そう言われて呆然と歩夢を見る事しか出来なかった。 友人に言われた言葉が本当になるなんて…俺、そんなにウザかった? 歩夢はもう中学三年生だから遅いが反抗期が来ても遅くはない。 だから最近は歩夢に過保護になる自分を押し込めていた。 もしかしたら、最近ではなくずっと俺に言いたかったのかもしれない。 俺の歩夢を想う気持ちが歩夢を泣かせて苦しめていたなんて… 歩夢は俺の隣を通り、後ろでドアが閉まる音が静かに響いた。 守りたかったのに、泣かせてどうするんだ…俺の馬鹿野郎… 友人の言った通り、少し離れた方がいいのだろうか。 兄弟という事は離れられない事実だから、本当の意味でだ。 普通の男兄弟のようにドライな関係を歩夢は望んでいるんだよな。 歩夢が泣くほど嫌だと言うなら、俺は歩夢のために… 「……歩夢」 歩夢はしばらくして帰ってきて、家出したわけではなくて良かった。 歩夢に「おかえり」と言ったが、無視されてしまい落ち込んだ。 どのくらいの距離が歩夢にとっての理想になるのかな。 挨拶も嫌なのか?でも一日も話せないなんて俺には堪えられそうにない。 これは俺が歩夢に無意識に理想を押し付けた罰なのかもしれない。 食事も食欲がなくて、ごはんを半分も残してしまった…でも歩夢が受けた辛さに比べればこんなもの… そんな日が何度も続いて、俺達の会話は俺が一方的に挨拶するだけになった。 歩夢の可愛らしい声をしばらく聞いていない、いつか和解出来る日が来るのだろうか。 そして歩夢の中学の卒業式の時、歩夢に卒業おめでとうと言いたくて玄関で待っていた。 歩夢に返事を貰えなくても構わない、ただ…俺は歩夢に言いたかった…それだけだ。 ……でも、玄関を開けて帰ってきたのは歩夢ではなく帰りが遅くなると連絡が入っていた母だった。 「こんなところで何してるの?風邪引くわよ」 「…かあ、さん…今日帰りが遅いって」 「何言ってるの、もう10時よ」 母の言葉が信じられずに、ポケットからスマホを取り出して時計を確認する。 電気も付けていない暗い廊下にスマホの明かりだけが周りを照らしていた。 母の言う通り、もう10時を過ぎていて俺は午前中の授業を終えて帰ってきたから10時間以上廊下にいた事になる。 全身が冷えて、気付いたらくしゃみをしていて…俺は冷えた身体とは反対に冷や汗を流した。 ずっと寝ずに待っていたのに歩夢が帰ってきていない…俺はパニックになりそうな頭をどうにか落ち着かせて母に歩夢がいない事を伝えた。 慌てる俺とは対照的に母は冷静な顔をしていた、歩夢を可愛がっていたのになんでそんな落ち着いて居られるんだ! 「あんた達最近変だったけど喧嘩でもしたの?歩夢は外国の学校に行くのよ」 「…へ?」 「とっても綺麗なお金持ちの人がね、歩夢のパトロンになってくれるらしくて歩夢も懐いていたから許したのよ、今はもう飛行機の中かしら」 歩夢の…パトロン?そんな話1度も…いや、俺に話すわけないか。 でも金持ちだか何だか知らないが、そんな危ない奴に歩夢を任せられるわけがない! 母はちゃんと実在する会社の経営者だから大丈夫だと言うが、歩夢とその男の接点が分からない。 それに歩夢は英語が苦手なんだ、いきなり海外なんて不安でしょうがない。 母に歩夢の行った場所を聞いて、俺も今すぐ向かおうと思った。 でも母から出たのは、歩夢の住むであろう住所ではなくため息だった。 「梓馬(あずま)、いい加減弟離れしなさい…海外に行くって決めたのは歩夢なのよ、兄のあんたが弟の夢を潰す気?」 「…っ」 俺は母の言葉にやっと我に返り、頭もだんだん冷静になってきた。 歩夢が決めた、歩夢の夢…俺に内緒にしてたのも邪魔されたくないからだ。 歩夢のためだなんだと言って、結局は自分の手の届かないところに歩夢が行ってしまうのが怖いんだ。 兄として俺に出来る事は、歩夢を笑顔で見送る事だけなんだ。 母は「大型連休には帰ってくるんだから安心しなさい」と俺の背中を押して廊下の電気を付けた。 俺の方が子供で歩夢はこんなに成長していたんだな。 俺も、大人になって歩夢に元気よくおかえりを言えるようにならないと。 頬に伝う一筋の涙を無視して、自分の部屋に戻った。 歩夢がどんなに大人になっても、心の中では俺の天使だ。

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