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第3話
「いや、俺んちかよ。」
見慣れた建物の前で足を止めたムクに、思わずそうツッコんでしまった。しっかり1階の一番奥の部屋のドアの前でドアノブを握り、泣きそうな目でこちらを見上げてくる。
「捕まる前に早く早く!」
大きな猫目に急かされて、慶太は鍵を開けた。ドアを開けるとムクは滑り込むように部屋へと入っていく。その背中を追いかけるように慶太も玄関へ足を踏み入れるが、籠るような熱気が肌にまとわりついて顔を顰めた。
エアコンのリモコンを探しながら、荷物を下ろし扇風機の電源を入れる。
「こんなセキュリティもクソもないところすぐ見つかるだろ。」
「こんなオンボロアパート絶対に見つからない!」
「あっそう。」
失礼な事を平気な顔して言うムクにはもう慣れた。
低く鈍い音を立てて首を振る扇風機の前にペタンと座り込んだムクは、グレーのシャツの襟元をパタパタと扇いでいる。
「は〜、暑いねえ。」
慶太はリモコンを探しながら、ムクの細い首に浮かぶ汗と、僅かに覗く鎖骨が目に入って直ぐに視線を逸らした。何故か凄くイケナイものを見てしまったような気がして、鼓動が五月蝿い。それを誤魔化すように室内に視線を巡らせ、ローソファの影にやっとリモコンを見つけた。
フルパワー運転でエアコンを起動して、ソファに倒れ込むように座る。暫くしてやっと出てきた涼しい風に当たりながら、ポツリとムクに聞いた。
「…何なのアイツら。」
「うーん、僕にも分かんない。」
考えるまもなくへらりと笑って返ってきたその答えに、ただ「ふうん」と頷いた。
あんな場面を見せられて、分からないだなんて。きっと何か隠しているんだろうけど、ムクの世界に俺が立入る権利はない。少しだけ感じた寂寥感を振り払うように軽く首を振って、立ち上がった。
「俺はシャワー浴びて寝る。」
ちらりと見下ろしたムクは、まだ扇風機の前を陣取っている。
「けーた疲れてるの?」
きょとんとこちらを見上げるムク。年齢不詳な彼は全体的に色素が薄く、幼い顔立ちをしている。長いまつ毛に縁取られた目は大きいのに耳や唇は小さく配置された顔は、高校生と言われればそういう風にも見えるし、童顔の成人だと言われればそうも見える。そしてふらりふらりといくつもの家を渡り歩いているにしては、いつも清潔感がある。今日もこんなに暑いのに、ムクからは汗の匂い1つしない。寧ろどこか柑橘系の爽やかな匂いまでしている。
「んー、ちょっと、学校が忙しくて。」
俺も早くこの汗臭いのをなんとかしようと、タオルと適当な下着を手に、浴室へと向かった。
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