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第5話

「けーた。学校遅刻するよ?」 控え目に肩をちょんちょんとつつかれて、反射的に眉を顰めた。 俺はまだこの布団の中で寝ていたいんだ。大体母さんはいつもいつも予定より早く起こすのをいい加減やめてほしい。わざわざ部屋まで起こしに来なくたってアラームはセットしてあるんだから。 「ん…、うるせ…、ババア…」 気持ちのいい微睡みにもう一度沈むために、寝返りを打ちながらそう呟くと、一拍置いて間抜けな声が鼓膜を震わせた。 「ババア?誰かと間違えてるの?」 一瞬で目が覚めた。 腹筋を使ってムクリと起き上がり、ベッドの縁にしゃがみこんでこちらの顔を覗き込む猫目が不思議そうに揺れているのと目が合う。 「…はよ。」 寝ぼけて実家の母親と間違えたなんて言えず、気まずさを紛らわすように小さく挨拶をした。 「おはよう。」 にこにこと笑顔を浮かべて返事をしたムクの髪に軽く指を通してスマホの画面を見ると、時計はアラームを設定していたはずの5分後を指している。ムクが寝坊しかけている慶太を起こしてくれたらしい。 「さんきゅ。朝飯は?」 欠伸を噛み殺しながら立ち上がってカーテンを開ける。「ホットサンド!」とリクエストするムクの少し高い声を聞きながら、やっと涼しくなってきた空を眺めた。 ムクはあの夏の日から、すっかりうちに飼われている家猫になってしまった。たまにふらりとどこかへ出て行く時もあるが、翌日には必ず慶太の部屋へと帰ってきてご飯を一緒に食べて、同じ時間に眠る。 そしてまるで元々そうだったかのように住み着いたムクの事は、相変わらず何も知らない。本名も、なぜいきなり居候し始めたのかも。時々どこかへ行っては生活費には少し多すぎるお金を持って帰ってくる理由も、何も知らない。 ムクについて新しく知ったことといえば、いつも早起きな事、朝はホットサンドを食べるのが好きな事、風呂に入るのを面倒くさがってなかなか入ろうとしない事、夜眠る時は丸くなって眠る事。 お互いが何者であるかなんて、未だに話したことも無い。 俺たちは、一体何て名前の繋がりになるんだろう? 知り合いよりもっと近くて、友達と言うには余りに遠い。 けれどなんとなくその距離感が心地好くて、こんな無意味な関係長くは続かないと分かっていながら、ムクを追い出すことができないでいた。

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