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04b 着陸不能
「イェークさんだよね。今日着いたっていう」
「あ、はい、そうですけど」
少年は人懐っこい笑みを浮かべながら手を差し出した。
「はじめまして。僕はカイ・フライトだよ。十八歳、階級は三等空尉」
自然にその手を取って握手する。
「えっと、イェーク・プロシードです。階級は……すみません、ちょっと分かんないです」
「敬語なんていいよ、僕のが年は一つ下でしょ?」
そうやって微笑む様子は、恐らく男性の、しかも軍人さんに対しては失礼な表現に当たるかも知れないが、可憐だった。握った手もすべすべで柔らかく、強く握ったら絶対にダメだとものすごく気を遣って、やんわりと離す。瞬く瞳は黒目がちで、いわゆるつぶらな瞳だ。
不思議とイェークは、格納庫の大きな紺色の機体を思い出していた。あんな飛行機の操縦士に選ばれるようなお姫様が、もし仮に男だったら、こんな雰囲気なのではないかと、何の確証もなしにそう感じた。
「これからよろしくね。僕も操舵手〈ラダー〉なんだよ。あ、男だけどね。多分僕たちは正真正銘、同僚になると思うし……」
カイは紺色の作業服の襟を少し開けた。見てもいいものなのかと一瞬目のやり場を無くした。でもそうか男の人かと思い直して見てみると、鎖骨の下に車輪の刺青がある。
「あ……」
「ね、イェークと一緒。あれ? でも、苗字がプロシードなんだね」
カイは膝に乗せていたファイルを開いて、中の書類を捲る。
「ああ、そうなんだ。俺は初等学校までは四輪車の専門だったんだよ。だから苗字はプロシード。中等学校から航空に移って……」
「そうだったんだ……。えっ? うわ、何この成績」
「ちょっ……何が書いてあるんだそれ?」
中身を覗こうとすると、ヒョイと避けられる。
「こんなの初めて見たよ……」
まさか学生時代の成績表までバレているのだろうか。内心慌てたが、もう時すでに遅しだ。
「そう……そうだったんだ……それで……」
カイの意味深な呟きが気になって仕方ないが、実技に比べて学科の試験の成績は思わしくなかった記憶があるので、もう黙ってやり過ごすしかない。
ファイルをようやく閉じてくれたカイは、フライトシミュレーターの側面に目を留めた。
「あ、早速やってるね!」
装置の側面からは、幅の広いレシートのような長い紙がたくさん出ていた。成績評価が印字されているものだろう。
「ええと、それはその……えっと……あああ……」
レシートを辿るように内容を読んでいくカイに、とうとう観念する時かと項垂れる。
「あれ、シギュンは? なんでシギュンはオフなの?」
「シギン?」
「ひょっとして、シグルズから説明聞いてないの?」
「多分、聞いてない」
「どこから聞いてない? って聞かれても分かんないくらい、かな?」
「多分、そう。いきなりここに放り込まれて……」
カイは何とも気まずそうな顔をして、その可憐な容姿が崩れないギリギリの低い唸り声を上げた。
「そう……。ええと、彼にも何か考えがある……のかもね……うん……」
考えがあって放置されているのならまだ救われるのだが、カイの口調から察したくなかったものを察してしまった。
「シグルズ空尉? のこと、知ってるんだよな?」
「ああうん。まあね、縁があって」
なおもレシートを辿って、カイは今度は呆れた声を上げた。
「随分たくさんチャレンジしたね、こんなに……うわぁぁ、よくやるなあ……」
散々な成績なので、もういよいよ隠れる穴がほしくなってきた。
「これが最初?」
レシートの端を持って、カイが顔を上げた。
「ああ、千切ってないから、それが最初の成績だと思う」
カイは再びレシートを見ると、一瞬押し黙ったように見えた。
「……そっかー」
レシートを根元から切り取ると、カイはそれを折り畳んでファイルに挟んだ。
「さすがに疲れたでしょ。なんだか顔色も悪いし、ちょっと休憩しに行こうよ」
立ち上がったカイに手を差し伸べられ、その手を取って足に力を入れた、その瞬間。
「……っ」
視界がぐにゃりと歪み、意思に反して膝が床についてしまう。
「わ、大丈夫……?」
返事をしようとしても、喉からは掠れた息しか出てこない。目の前の床が灰色になってゆらゆらしている。その光景に酔いそうな気がして、もう片方の手で両目を覆った。
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