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05 スープパスタ
「ごめん……なんか、俺……」
「無理しないで。急に立たなくていいから」
床に座ったまま動けないイェークの背中を、カイはゆっくり擦ってくれる。
「きっと疲れたんだよ。本当に顔色悪いよ。ゆっくりでいいから、ね?」
その手つきと口調の優しさに、思わず緊張の糸が切れてしまった。鼻の奥が痛くなって、まずいと思った時には、もう涙が溢れてしまっていた。
「ご、ごめんっ……なんか……なんか、俺っ……」
「あ……」
さすがにカイも驚いたようで、大きな瞳をさらに見開いた。慌てて目元を拭うのだが、とても間に合わない。ますます歯止めが利かなくなって、しゃくり上げてしまう。
「急に色々あったんだよね……でも、大丈夫だよ」
肩から背中のあたりを、ゆっくり撫でられる。
「大丈夫」
カイは決して急かすことはなく、穏やかに呟くだけだった。イェークはそのまま落ち着きを取り戻すまでそれに甘え、時間をもらうことになってしまった。
涙が止まって落ち着いた頃合いを見て、カイはイェークの手を引き食堂へやってきた。
食堂は一般の兵舎の二階だった。いわゆる一般市民階級の兵士は、この建物で寝泊まりをするらしい。食堂は、というよりは、この兵舎自体が庶民的というか、少し年季が入って古ぼけた雰囲気なので、イェークにとってはむしろリラックス出来そうな場所だった。シグルズの部屋がある例のホテルのような建物は、隣に当たる。
カイは温まるようにとスープパスタを注文してくれて、イェークはありがたくそれを受け取った。
二人がついた席は白い長い机の端で、注文口や食事の受け取り口からは離れた窓際だった。まだ昼前なので人出はまばらだ。だが意外なことに、各部隊で昼休みの時間をずらしているので、いつも何とか座れないことはないのだという。
「本当にごめんな。初対面なのに、みっともないとこばっかで」
「そんなことないよ、不安になって当然だよ。ほら、冷めないうちに食べて」
イェークが一口目を飲み込んだのを見て、カイは安心したように微笑んだ。そして自然に誘導されて、突然ここに連れて来られたことや、昨日の仕事前から何も食べていなかったこと、昨夜シグルズとの間にあったことも、言葉は濁したのだが汲み取られてしまう。これに関しては、カイはシグルズに憤りながらも、どこか元からお見通しだったようにも見えた。頬杖をついて、少し口を尖らせる。
「シグルズって、そういうとこあるよね……」
昨夜のこともイェークにとっては大事件ではあったが、それよりもさらに心がかき乱されて仕方ないのは、今後の仕事のことだった。傾いた地平線が映るシミュレーターを思い出すと、とても役割を果たせる気がしない。柄にもなく、不安の通りに弱音をこぼしてしまう。
「きっとすぐお払い箱だ……。俺はもう、飛行機に乗せてもらえないのかも……」
それっきり黙りこくってフォークも置いたイェークに、カイは真っ直ぐ黒い目を向けた。
「言っておくけどイェーク。それを決めるのは、君じゃないからね」
意図を察しかねて瞬いていると、カイは次は俯きがちになって続けた。
「僕たち準市民って……『備品』みたいなものだよね。僕たちの意思や希望なんて関係なしに、都合のいいように配属されて、駄目なら勝手に外される。……まあそれは、軍(ここ)以外でもそうか。僕たちは生まれてから、ずっとそうだったよね」
準市民は生まれたその時に、職業選択の自由という人権が制限されてしまっている。生まれた時点で職業の適性が判明している……というのはむしろ逆で、必要に応じて遺伝子レベルで「そのように作られる」のだ。通う学校も元から決まっているし、適性が他の分野で認められて転向するとしても、それも全て政府が判断することだ。
「でもね、そう『仕向ける』ことは僕たちにも出来るんじゃないかな」
カイはまた真っ直ぐにイェークを見て、少し乗り出し気味になった。
「結果を出して、周りに認めさせればいい。君ならそれが出来るよ!」
イェークはフォークをくるくると回し続けた。パスタはとっくに巻き付いていて、いつでも口に運べる状態なのだが、なんとなく踏ん切りが付かずにいた。
「本当に、大丈夫だと思うんだけどな……。さっきのは特別っていうか、普通の機種じゃないっていうかさ……うーん、その様子じゃ、あんまりピンと来てないみたいだね……」
カイには申し訳ないが、シミュレーターであんな成績を残した後では、ショックが大きすぎて言っていることが頭に入って来ない。
「それに君はさ、もう実際にシグルズに……あ! 噂をすれば。おーい」
カイはイェークの背後に向かって手を振った。振り返ると、大柄の将校がテーブルの間を縫うようにしてこちらへ歩いて来るところだった。
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