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06a シグルズ・ドレッドノート

「書き置きを見て来てみれば……。飼い主に無断で餌を与えるな」  シグルズはどこか呆れた目をしてスープパスタを見下ろした。食べちゃダメだったのか? と不安になっていると、カイが眉を吊り上げ立ち上がった。 「あのねえ! ご飯すら食べさせてあげられないなら、シグルズにイェークは任せられないよ?」  言われたシグルズは不服そうな顔をして、手に持っていたカードをテーブルに置いた。イェークの顔写真が貼られている。サディオ空港の職員証と同じものが使われたらしい。 「ここの登録証だ。飯を食うにも、これがなければ話にならんだろう」 「え? えっ! すごい……これ、何日もかかるはずなんじゃ」  カードを拾い上げ、興奮気味に見つめるカイとは逆に、シグルズは腕を組んで面倒そうに答えた。 「コネは使わんとな」 「そっか、全然捕まらないと思ったら、シグルズはこれを申請してたのか……」  カイはカードをイェークの前へ返却した。 「でもね。ご飯抜きでシミュレーターに乗せるなんて、ひどいんじゃないの?」 「だから、急いでこれを作らせていたと言っているだろう」 「別にカードがなくても、僕かシグルズが注文して受け取って、それをイェークに食べさせてあげればいい話じゃない。実際そうしたわけだけど」 「む……」  ため息混じりにカイは肩をすくめた。 「融通が利かないなあ……。まあ、それがシグルズってことか」  カイは腕時計を見て、「あ」と言った。 「もう行かなきゃ。でもとにかくね、シグルズは順を追って説明しないとダメだよ。可哀想に、イェークすごく落ち込んでたんだよ。あと今晩、僕の部屋に来て。いいね?」  座っていた椅子を机の下にしまいながら、カイは次にイェークに向き直った。 「それじゃイェーク、またね」 「ああ。なんか色々、ありがとうな」 「お互い様だよ! これからよろしくね」  にこりと笑顔を見せてから、カイは小走りで食堂を去ってしまった。  残されたイェークはとりあえずスープパスタを口に運び、シグルズはサングラスを掛けてイェークの向かいに腰掛けた。 「フン、随分と気安い仲になったものだ」 「ええまあ、色々励ましてもらって……」 「妙なことを吹き込まれるなよ。……まあいい、さっさと食ってしまえ」  真正面から腕組みをされた人物に見つめられながら食事をするのは、さすがにやりづらい。だがまさかこっちを見るなとも言えないので、イェークは半分味が分からなくなりながらも、何とか食事を続けたのだった。  またもや移動すると言うので後ろを付いて行くと、食堂のある兵舎から出て、屋外の通路を通って再び訓練棟へ向かうようだった。  昼間なのに、一旦建物の外へ出るととても風が冷たい。空に浮かぶ雲は白く、むしろ空気は乾燥している。それ故に、風を受ける肌がピリピリとしみる。遠くに来てしまったからなのだと、遅れて理解した。 「お前は一時的に、士官候補生の部隊に特別編入することになる。軍での『作法』を覚えて来い。陸と、それから空での作法をな」 「でも俺、さっきシミュレーターで大失敗して……」 「シミュレーターはいい。必要なデータは揃った。しばらくは座学に専念しろ」 「あの、俺……クビじゃないんですか?」 「クビになりたいのか。それなら脱走を試みればいい。ここでの生活が終わるぞ、命も終わるがな」  速い歩調で進んで行くシグルズの背中は大きい。大きすぎて、とても全体が見えるような気がしなかった。  そんな彼が、突然立ち止まる。前に何があるのかと、その背中の影から覗いて見ると、壮年の上級将校とその部下の一行が歩いて来るところだった。  シグルズはイェークを背中に庇うように誘導して脇に寄り、サングラスを外すと、少し頭を下げた。 「……ん? お前か」 「は。ご無沙汰しております、ドレッドノート二等空佐」 「なんだ、相変わらずよそよそしい。伯父上でいいだろう?」  会話の内容から見て、この上級将校はシグルズの血縁なのだろうか。確かに、その男はくすんだ金髪に少し白いものが混じり初めており、眼の色はブルーグレーだ。それは特級市民であることを示しており、シグルズの生まれ持った特徴ともかなり近い。  同行しているのは軍装の女性が二人……彼女たちは、操舵手〈ラダー〉ではないかと、イェークは直感した。このような軍事施設には似つかわしくないほどに、華美なヘアメイクが目を引いたからだ。きっと能力もかなりのものなのだろうが、その容姿は「見せびらかす」のに申し分ない。もっとも、彼女たちにとっては容姿も能力の一部ということなのだろうが。 「ふむ……」  ドレッドノート空佐はシグルズの後ろのイェークを注視した。 「それが候補とやらか」 「は。本日着任したばかりです」 「フ……では、まだ初物というわけだ」

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