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06b シグルズ・ドレッドノート
突然飛び出したあからさまな言葉に、さすがに居たたまれなくなる。上級将校を前にして露骨に俯くのもどうかと思ったのだが、とても目を合わせられない。ただでさえ、相手は青い瞳の持ち主なのだ。
二人の操舵手〈ラダー〉のうち、アップの黒髪の方はこちらに冷ややかな視線を送った。もう一人のロングウェーブの赤髪の方は、同情的な眼差しでこちらを見ている。
シグルズがほとんど間髪入れずに窘める。
「ドレッドノート空佐。お察しの通り、まだ躾が済んでおりませんゆえ」
「クク、もし躾に手間取るようなら、私も協力を惜しまないが?」
きっと空佐は軽口を言っているだけなのだが、シグルズは無表情というよりは険のある目線で空佐を見つめるだけだった。空佐は怪訝そうな表情を浮かべた。
「まあ、それはいい。本当に男の操舵手〈ラダー〉を選ぶとは思わなかったが……。ともかく、候補を立てたということは、ようやく計画に専念する気になったということだな」
「恐縮ですが、そちらの方はあと少し、引き継ぎが残っております」
すると空佐は、やにわに口調を荒らげた。
「まだやっとるのか。ええい、いい加減にしろ! あんな曲芸に何の引継ぎがあると言うのだ。此度の計画は必ず成功させねばならん。ドレッドノート家の繁栄には欠かせんのだ! とっとと遊びは終わらせろ、いいな!」
そのまま通り過ぎると思われた空佐だが、彼は再びイェークの顔を覗き込む。
「フン、しかしいい趣味をしておる……」
「っ……」
ぞっと悪寒がして、半歩ほど後ずさってしまった。しかし空佐はそれ以上イェークとシグルズに構うことはなく、部下たちを引き連れ、本来向かうべきだった方向へと去って行った。
ようやくゆっくりと息を吐くことが出来たイェークは、今さら心臓がばくばくと音を立てていることに気が付いた。シグルズも、少し疲れたようにため息を吐く。
「お前の上官は俺だけだ。俺以外の命令を聞く必要はない」
その時、耳に響く甲高いエンジン音と、空気を裂く音が、屋根の向こうから反響してきた。はっとしてそちらを見上げると、兵舎と格納庫の奥、飛行演習所から、先端の尖った銀色の小型戦闘機が二機、並んで上昇していくところだった。二機はイェークの意識を引きつけるのに十分すぎるほど高速かつ急な角度で上昇して、その機影はどんどん小さくなっていった。耳鳴りのような音も、遠く低くなっていく。イェークは少し口を開けたまま、見送るだけだった。
「お前、飛行機は好きか?」
思いがけない問いに隣を見上げると、彼もまた、二つの機影を見送っていた。それらはすでに豆粒よりも小さくなってしまったのだが、彼の視線はさらに高く、遠くへ向けられているような気がした。
「好きかどうかなんて、考えたこともありませんでした……」
イェークもまたその豆粒をもう一度探して見つめながら、言葉を続けた。
「俺にとっては当たり前でしたから。毎日お客さんを乗せて、飛行機で行ったり来たりするのが……そのために生まれてきたようなものですし、この先ずっと、一生そうだと思ってました」
けれど、それはもう過去になってしまったのだろう。昨日の今日ではまだ信じられない、信じたくない気持ちが残っている。ここは寒くて、これから自分がどうなるのか全然分からないし、おそらく厳しい何かに何度も直面するのだろう。イェークは俯いた。
「でも、ここに連れて来られて、もう操縦出来ないって思ったら、なんだか……怖くなって……。そんなの、嫌なんです」
俯くのはやめて、隣に立つ上官を真っ直ぐ見上げ、訴えた。
「俺、やっぱり操縦士でいたいです。飛行機に乗っていたい……。それは多分、飛行機が好きだからです」
「……そうか」
シグルズはゆっくりと目を閉じた。そのまましばらく、イェークの言葉を反芻しているようだった。
「俺もだ」
言うや否や、彼は踵を返して、元のように迷いのない歩調で目的地を目指し始めた。一瞬だけ、口元が微笑んだように見えたのは、気のせいだろうか。
イェークはその背中を追った。付いて来いと言われたからではなく、自分の意思で追った。
「来月に行われる選抜試験で主席を取れ。主席以外はない」
「分かりました」
「主席を取ったら、お前に操縦桿をくれてやる。最新鋭の巡航戦艦だ。俺が機長、お前が操縦士だ」
「巡航戦艦? ですか」
「『戦闘機には適性がない』か?」
「いいえ!」
思わず口を付いて出た即座の否定に自分で驚くが、もう引き下がることなど出来ない。
「適性がどうであろうと、とにかく主席を取ればいい。そういうことでしょう」
僅かにシグルズが振り返りかけた。だがすぐに前へ向き直る。
「そうだ。それでいい」
無理だなんて、出来ないなんて、もう言わないと決めた。
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