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07a 不器用な上官

 イェークの編入した部隊というのは、士官学校を出たばかりで配属先の決まっていない士官候補生が、さらに実地訓練を含んで戦術や戦法について学ぶためのクラスだった。そして、来月の卒業試験という名の選抜試験の結果をもって、配属先が正式に決定していくのだという。  全部で三十人ほどが、教室で机を並べていた。年齢はだいたいイェークと同じか少し上くらいのようだったが、女性も何人か混ざっていた。その女性も含めてみんな、鍛え上げられた肉体に精悍な顔つきをしており、それに比べてどう見ても一般人といった見た目のイェークは、早速身が縮む思いをした。  士官候補生ということは、みんな将来的には司令官となっていくようなエリートなのだろう。ひょっとすると高官付きの操縦士として期待されている操舵手〈ラダー〉のたまごや、準市民も混ざっているのかもしれない。だが、見た目では分からないし、それを詮索されるのが不快に思う人もいるかも知れないので、確かめようがなかった。  それと、渡された教科書や資料を見ていてようやく繋がったことがある。このワシルトラス州を二分する大貴族は、ドレッドノート家とジュソー家なのだ。つまり……シグルズ・ドレッドノート二等空尉は、気付いたその瞬間に思考が停止するくらいの、大貴族の中の大貴族の子弟だ。あの堂々とした立ち居振る舞いに、人に向かって命令し慣れている様子は、そういうことだったのだ。そんな人物と同居することになるなんて……。決意を込めてやってきた教室ではあるのだが、しばらく授業の内容が頭に入って来なかった。  大量の教科書と資料を抱えて帰って来て、ひと通り身の回りのことを終わらせてからやることと言えば、もちろん予習と復習だ。途中で編入しただけあって、授業は思いっきり教科書の途中からだし、正直なところ軍事用語はほとんど分からない。イメージが掴めないので、そこに書いてあることを読解するのにものすごく時間がかかりそうだった。窓際の机で背中を丸めて、フライトバッグに入れてきた飴玉を食べながら何とか向かい合うが、飴玉を噛み砕く方が捗ってしまう。  ページが全く進んでいないことに、この部屋の主は気付いていたらしい。シグルズは軍服から着替えてラフなシャツを纏い、イェークの机を挟んだ向かいに座っていた。 「何が分からないんだ」  タブレット端末からは目線を上げずに声を掛けてくる。 「とにかく、用語が……これは拠点の名前かな? とは思うんですが、どこの何なのかさっぱり……」  机に置いてあったサングラスを掛け、代わりにタブレット端末を置いたシグルズが、わざわざ立ち上ってイェークの隣までやって来た。 「……やはり軍事用語か」  シグルズは一旦机を離れると、壁に備え付けの本棚から本を取り出して、それを開きながら戻って来た。 「この本にひと通り載っているだろう。勝手に使え」 「あ、ありがとうございます」  知識のレベルをもう一段階落とした参考書があればいいのにと思っていたので、それは本当にありがたかった。 「他は」 「えっと……?」 「お前には無駄に考えたり、遠回りしたりする暇など無い。時間を浪費する前に積極的に質問して、効率的に修得しろ」 「つまり、教えてくれる……っていうことですか?」  サングラスの奥からちらりとこちらを見やった後、ふっと目を逸らす。 「不要ならいいが」 「いえ! その方が、もちろん助かります」  イェークが解きかけの設問を示すと、シグルズは再び隣までやって来た。屈んでペンを受け取り、図を描きながら解説してくれる。彼の使っている香水だかコロンだかが微かに香るくらいに距離が近くなった。 「つまり哨戒とは見回りのことだ。侵入者を見つけ次第、相応の対策を取る。だが、戦時中でもないのにいきなり撃つのは問題外だ。この選択肢は真っ先に外す」  距離感に何故かどぎまぎしてしまうのはともかく、シグルズの解説はかなり具体的なものだった。彼にとっては無意識のことなのかも知れないが、軍用機とは規格は違えど、実際に飛行機を操縦してきたイェークにとっては、そのように具体性のある話の方が分かりやすかった。操縦席を思い起こしながら聞いていられる。そして当然のように、イェークが尋ねることに関して、シグルズは全て淀みなく答えた。  本当にこの人は上官なのだと改めて思う。手に負えない事態に直面した時、指示を仰ぐ相手なのだ。大貴族という後ろ盾だけで、これだけの知識は身に付けられないはずだ。  じっと見上げるイェークの視線に気付いたのか、シグルズは不審そうにイェークを見返す。 「何だ」 「え、ええと……」  そっくりそのまま、大貴族なの? と問うわけにもいかず、別の質問をしてみた。

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