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09b ガラス越しの理由(わけ)

 小一時間が経った頃、シグルズは部屋へ戻ってきた。 「お前の手柄だ」  開口一番そう言い、上着を脱ぎながら教えてくれる。 「あのペアは強制解消だ。上官の方は別基地に移動、操舵手〈ラダー〉は負傷したため、しばらく休養だ」 「負傷?」 「あのペアのさらに上官を連れて部屋へ行ったら、暴力行為が現行犯で認められた。あれ以上放置していたら、どうなっていたか分からなかった」 「そ、そうだったのか……」  休養ということは、命に関わるような事態までには至らなかったということだろうか。 「聞けば、これ以前にも問題を起こしていたペアらしい。その対処に追われて、やはり操舵手〈ラダー〉の方はあまり勉学に集中できていなかったようだな」 「く、クビになるわけじゃないよな……?」 「半年分クラスがずれるだろうな。留年のようなものだ。だが半年なら昇進にもさほど影響はないだろう。少なくとも、あのままよりはマシだったはずだ」  ベッドに深く腰かけると、シグルズは大きく息を吐いた。彼にとっては余計な仕事だっただろう。だがこれでイェークも安心して勉強が出来るというものだ。 「そっか……ありがとな」 「お前を助けたわけじゃない。それに言っただろう、お前の手柄だ」 「でも動いてくれたのはあんただろ」 「フン、あれだけ騒いだくせによく言う」 「はは……」  タブレット端末を見下ろすシグルズは、相変わらずサングラスを掛けている。彼がこうして眉間に皺を寄せているのは、暗くて見づらいせいもあるのではないだろうか。  イェークは問題集を脇に挟んで立ち上がると、そのサングラスを勝手に外し、ヘッドボードに置いてしまう。驚いて、おそらく無意識に青い目を見開いたシグルズから抗議される前に、その膝の上に背中を向けて座ってしまう。 「こ、こうすれば、それ掛けなくてもいいだろ」  問題集を開けば、一緒に見ることも出来る。 「効率的ってやつ……」  吐息だけで僅かに笑う気配がした。 「すぐに寝るなよ」 「ね、寝ないよ!」  腹に手を回され抱え上げられ、また頭を撫でられる。だから子ども扱いするなよと思うのだが、不思議ともう跳ね除けようとは思わなかった。  以降、イェークは毎晩シグルズの膝の上かすぐ隣に並んで勉強を進めることになる。どちらかが寝落ちてしまうことはあっても、もう片方が毛布を掛けて消灯する暗黙のルールのおかげで、風邪もひかずに済んでいる。  そして密着していると向かい合わずとも言葉のニュアンスは伝わってくるようで、成果は上々だった。授業を受けていない部分のおさらいも進み、概ねクラスの進度に追いつけたことになる。このままどこまで追い上げられるのか、イェークの正念場は続いた。  そんなある日、シグルズから「同僚を救った褒美をやる」と言われて、イェークは格納庫へやって来た。渡されたつなぎの服とヘルメットを見て、まさかとは思ったが、待ち構えていたシグルズは、小型戦闘機の前に立っていた。 「うわあああ、すごい……!」  思わず声を上げてしまう。 「これめちゃくちゃ速いやつだ……」  銀色の塗装に尖った機首、胴体と主翼が一体となった滑らかな曲線……汎用の戦闘機といえばこの機種だ。軽量で、速くて、量産型のよく見るものだが最新機種とも互角以上に戦える。これは見たところ武装は積んでいないので、練習機として用意されたものなのだろう。 「乗ったことがあるか?」 「一回だけ……航空学校の本当に卒業前に。何年か前の話だけど」 「なら操縦方法は分かるな」 「え……お、俺が操縦していいのか」  シグルズはイェークの頭にヘルメットを被せながら苦笑した。 「とことん察しの悪い奴だ。褒美と言っただろう」 「ほほほ本当か?」  イェークはもう一度機体を見上げた。厚みの少ない主翼が風を切って旋回するのが目に見えるようだった。 「飛行計画は?」  折り畳まれた紙が一枚渡される。十数項目が印字されていて、機長はシグルズになっていた。 「へえ……」  シグルズの隣にいた士官が、不思議そうにこちらを見ていた。何だろうと思ったが、特に何も言われなかったので適当に目礼しておく。 「はい」  折り目の通りに再び畳んで、紙をシグルズに返却した。 「もういいのか」 「うん、覚えた。もし音速超えろって言われたらちょっとどうしようかと思った」 「別に大差ないだろう」  なおもその士官がこちらを見つめてくるので、また何かしでかしたのかとシグルズに問おうとしたのだが、彼は梯子を上り始めてしまっていた。そのまま操縦席の後ろへ乗り込んだので、イェークは前ということらしい。  乗り込んで腰を落ち着けるが、全く脚を伸ばせない。膝のギリギリまで計器が並んでいる。 「俺ですら狭いのに、あんたはみ出してるんじゃないか?」 「馬鹿を言え。……膝に跡がつく程度だ」 「はは、そりゃ良かったな」  周りで作業をしていた整備士たちが離れていった。梯子も外される。正面の誘導員が合図を送ったので、エンジンを始動させる。 「巡航高度に達した後は、どう飛んだらいい?」 「上空で指示する。適当に合わせろ」 「分かった」

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