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10a 青と藍の狭間で舞う
計器チェックをしていると、後ろから声が掛かる。
「一通り済んでるぞ」
「何言ってんだよ。自分でやらなきゃダメだろ。……よーし、じゃあ行きますか!」
管制塔の許可が出て、滑走路へ侵入する。いつも見ていた貨客機の操縦席からの光景よりも、ずっと視界が開けていて眩しいくらいだ。真後ろ以外は全部見渡せる。
「ユー・ハブ・コントロール(あなたが操縦してください)」
シグルズの声だった。二人乗りで、そのどちらの席からも操縦が出来る機種での、お決まりの文言だ。
「アイ・ハブ・コントロール(私が操縦します)」
イェークもそう答え、右手の位置にある操縦桿の感触を確かめた。
いくつもある滑走路は、ほとんど空いているようだった。シグルズが空けたのかどうかは分からないが、どうやら本当に褒美をもらっているらしい。知っている景色よりもかなり低い操縦席なので、滑走路の路面が近く、機首と路面の角度は姿勢指示器を頼りにした方が良さそうだ。天気は快晴とはいかず、薄い白い雲に覆われているが、微風なので航行するのに問題はない。
管制塔から離陸許可が下りて、いよいよスピードを上げていく。透明の照準器越しに、風も地面も他の止まっている飛行機も全てが後ろへ飛んでいくようだった。
「わあ……すげえ」
滑走路は十分な長さなので、速度は徐々に上げていく。するとやがて、ふわりと浮き上がる感覚があって、前輪が離れたことが分かる。昇降計が動き続けているのと同時に景色が変わっていくので、後輪も離れたようだ。戦闘機独特の強い重力に耐えながら車輪を仕舞って、ひとまず飛行計画にあった高度を目指す。
ちらりとバックミラーを覗くと、遠くなっていく滑走路と格納庫が見えた。
「……こんなに広い基地だったんだな……」
シミュレーターで見たのとも、資料で写真と映像を見たのともまるで違っていた。自分でエンジンをふかして重力を感じながら見下ろすからこそ、ようやく距離感が掴めてくる。
「左に旋回しながら巡航高度まで上昇」
「了解」
手元の操縦桿を倒すと、思っていた以上に遠心力がかかった。腹に力を入れて必死に踏ん張る。
「遅いぞ、戦闘機に乗っている自覚があるのか」
「じゅ、重力がさあ……」
「泣き言は聞かん」
「そうですか……」
だが考えてみれば、今乗っているのは自分と上官だけなのだから、乗客のクレームを気にしてそっと飛ぶ必要もないのだ。重力や揺れは気にせず、計器だけを見ながら、指示通りに旋回しながら上昇していく。
雲は軽くて高い位置にあるらしく、飛び越えなくても済みそうだ。空へ来てみると意外に風は吹いているようで、姿勢を真っ直ぐ保つのにラダーペダルを細かく操作させられた。
「なんか、やっと調子が掴めてきた」
「お前にとっては久しぶりの空だろうからな」
「ていうか、やっぱり機体が小回り効き過ぎて、俺が振り落とされそう」
シグルズが笑った。
「酔って吐くなよ」
「吐かないよ! ……たぶん!」
あまり大きな重力がかかって、それに耐えられなくなると、人間は色々な不調に見舞われる。乗り物酔いはまだいい方で、景色が灰色に見えたり、その景色も異常に狭く見えたり、最悪の場合は意識を失うことだってある。そんなことになってしまったら命の危機なので飛行は中止だ。せっかくの褒美なのだから、そうならないよう祈るしかない。
「そのまま高度を維持。進行方向も西へ固定」
「了解」
高度が落ち着くと、空の旅は爽快なものだった。時折飛び出た雲を避ける以外は直進していることもあり、周りを見回す余裕も出てくる。真下は海だった。
「すごいなぁ……真っ青だ」
これまでは国内線、つまりずっと陸地の上を行ったり来たりしていたので、下も後ろも全てが青いというのは珍しく、言葉を忘れて見入ってしまった。
「方向感覚を失うなよ」
「ああ、分かった」
窓の外を堪能するのもほどほどに、きちんと各計器も確認する。すると、レーダーに一つ反応が出たところだった。他の計器とも交互に見ていると、自分のマークである中心に向かって近付いてくるようだった。
「なあ、前からなんか来てる」
「識別番号から言って、友軍機だな」
「見えた! すれ違うぞ」
向こうも銀色の機体だった。そのシルエットや大きさから見て、今乗っているこの機体と同じ機種のようだ。機影はあっという間にイェークの遙か頭上にやってきた。かと思うと、急に高度を下げて異常に接近し、そのまま飛び去って行ってしまった。
「うわっ……何だあいつ! 危ねえ!」
「練習機と思ってからかわれたんだろう。追いかけろ」
「まじかよ……。え、本当に追いかけるのか?」
ひとまず右に旋回しようと少し速度を落としたところで、シグルズから文句が付く。
「ただの水平旋回で追いつけるはずがないだろう。インメルマンターンだ、すぐにやれ」
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げた直後に座席を後ろから蹴られる。
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