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11a 巡航戦艦スレイプニル

 酸素マスク付きのヘルメットを外したイェークは、数十分ぶりの新鮮な空気を思い切り吸い込んだ。 「はー、やっぱり普通に息する方がいいなあ」 「慣れてなければそうだろうな」  シグルズも同様にヘルメットを外し、イェークの分と合わせて側に控えていた下士官に渡す。  二人が降りたのは格納庫のすぐ前で、機体はそのまま整備へ回されるようだった。機体が建物の奥へ牽引されていく様子をイェークが見学していると、シグルズと下士官は何か話をしているようだった。やがて話が終わったのか、シグルズが呼び掛けてくる。 「ここに来たついでだ。一足先に、アレを見せてやる。俺達の船だ」  付いて来いということだろうか、シグルズは格納庫の中を歩いて行く。滑走路に平行に建てられている細長い格納庫の、一番端まで向かうようだった。 「お前のシミュレーターの結果を見たが、どうも外観を理解出来ていないようだからな」  格納庫の終わりだと思っていたところは、巨大な衝立だった。奥にもまだ空間があるらしい。脇にいた見張りから敬礼を受けて、シグルズはなおも進んでいく。イェークもそれを追って進むと、そこには洋上迷彩の濃紺と灰の航空機が二つ並んでいた。見上げても全容を見渡せないほど大きな、三角の主翼を持つ大型戦闘機だ。 「こ、これって……!」 「ユーグ帝国空軍所属、最新鋭の巡航戦艦、『フェンリル』シリーズだ」 「…………」  翼の根元から上斜め後ろに向かって、鳥の骨格標本のように生えている砲塔は、それが戦闘を目的として作られた機体であることを示す。そして先端の尖った操縦席は、音速を超えるのを想定されたものだ。エンジンは四つ、三角の主翼の下に半分埋め込まれるようにしてくっついている。 「設計限界速度は標準大気で二.〇M、巡航高度は約六万ft、索敵システムは……何をそんなに驚いている? 始めに見せただろう、最初にここへ来た朝に」 「お、俺が乗るとは思ってなかった!」  シグルズはサングラスの向こうで眉根を寄せて不満そうだ。 「察しが悪い」 「わ、分かるわけないだろ……」  二つの機体は、その寒色の色彩のせいもあってか、頼もしいようで少し冷たい印象もあった。 「それに、一機だと思ってた。二機あるんだな」 「この機種は現在、四機が製造されている。手前がネームシップ、一番艦の『フェンリル』、奥が四番艦の『スレイプニル』だ」 「俺が乗るのは?」 「『スレイプニル』だ」  シグルズは奥の機体へ歩み寄り、イェークもそれに続く。 「『スレイプニル』、意味は『滑走する者』。他の三機は砲門が十二あるが、こいつには八しかない。その分軽いということだ。フェンリルシリーズにおいて、最も速く、優雅に飛ぶことを義務付けられた船だ」 「これを、俺が……」  シグルズはタブレット端末をイェークに差し出した。映っているのは、紺色の機体が着陸する瞬間の動画だった。  大きく枝葉をしならせる木々が見えるので、かなりの悪天候だ。画面全体が白みがかって見えるのは、大雨が降っているかららしい。そんな中、灰と紺の翼を撓ませながら、巨大な機体が滑走路へ近づいていく。左右へ振られながらも、後輪が地面に接する瞬間はしっかりと正面を向いた。補助翼が減速のために開ききり、水飛沫を上げながら滑走路を滑っていく。イェークの感覚よりもかなり長い距離を要して、機体はゆっくりとした速度に落ち着いていった。 「これは『フェンリル』、操縦士はカイだ」 「えっ?」  最初に会った時のカイの言葉が蘇る。同僚になるというのは、同じ基地で働く操舵手〈ラダー〉だということではなく、同型の巡航戦艦を操縦する仲間という意味だったのだ。 「本当にお姫様だったんだ……」 「姫?」  訝しむシグルズに、慌てて首を振る。 「何でもない……。あれ、じゃあ、これにあんたも乗ってたのか?」 「寝ぼけたことを。俺は『スレイプニル』の機長だぞ」 「え? あ、ああそっか、そうだった……」  ということは、フェンリルにも別の機長がいるということになる。カイとペアを組んでいるのは、その人物なのだ。変な勘違いをしてしまっていたようで、イェークは反省しながらカイに心の中で詫びた。同時に、胸のつかえが取れたような気がした。一体何のつかえだったのかよく分からず、何故か自分自身を訝しんでしまった。  その一部始終が百面相になってしまっていたようで、ますますシグルズは不審がったが、追求する気はないらしい。タブレット端末に再び目を落として再生を止めた。 「お前はシギュンなしで着陸したらしいな」 「それなんだけど……。そもそも、シギュンって何なんだ? カイも、シギュンが何とかって言ってたような……」  シグルズは『スレイプニル』を見上げて、呟くようにして教えてくれた。

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