21 / 53

11b 巡航戦艦スレイプニル

「『フェンリル』シリーズに搭載されている、戦闘航行補助システムだ。お前は機体の大きさと武装の派手さに驚いているようだが、こいつらの強みはむしろシギュンであると言える。監視、索敵、捜索……高次レーダーで周囲を把握し、必要なら搭載している武装でロックオン、撃墜まで自動で行う。操縦方法が複雑化したゆえに、この『フェンリル』シリーズに関しては発着陸も一連の戦闘も、シギュンの補助があってはじめて可能となるだろう」 「……ということはつまり、基本的にシギュンは常に稼働してる状態で航行する、ってことか?」 「そうだ」  だったらどうして、イェークをシミュレーターに押し込んだ時には、そう説明してくれなかったんだ! と詰め寄りそうになってしまった。だが、シグルズはスレイプニルを見上げたまま黙りこくってしまった。耳朶に残るシグルズの声がどこか沈んでいたような気もしてきてしまい、イェークはしばらく、スレイプニルを見上げるシグルズを見上げていた。 「空中戦に勝つには、いくら宙返りが出来ても駄目だ。相手より先に相手を見つけて制空権を取る。それが手っ取り早くて確実だ」  イェークの視線には気付いていたのか、シグルズはイェークに向き直った。 「これを動かしたいか?」  もう一度、イェークはスレイプニルを見上げた。磨き上げられた紺の表面に、鈍い銀の光が乗っている。ひょっとするとその意味を完全に理解せずに言っているのかも知れない。けれど、今は答えは決まっていた。 「うん、動かしたい。……あんたも?」  シグルズは苦笑した。 「そうだな。俺もだ」  肩に腕を回され、抱き寄せられる。顎を掬われて上向かされ、何をされるのか気付いてそっと目を閉じる。唇に柔らかい感触があって、下唇を吸われる。肩と腰を抱き直されて、口付けが深くなった。 「ん……」  膝を割られて、股間に膝を押し付けられる。腰に回った手が尻の方へ伸びていき、揉みしだくように愛撫された。 「は、あ……」  その先の行為を知っているイェークの身体は、火が灯ったように内側から熱くなる。いつの間にかシグルズに縋っていた手を背中に回し、胸に頬を預けて火照りを冷ます。  シグルズは目を閉じたままのイェークをさらに抱き寄せ、頬や耳の後ろ、うなじに触れてイェークをくすぐる。それだけなのにますます身体の芯は熱くなっていくようで、そんなところすら性感帯になるのだと、イェークは初めて思い知らされた。 「あ、あのさ……こういうことは、ちゃんと鍵のかかるところでさ……」  僅かにシグルズの胸を押し返すと解放され、それ以上は腕は伸びて来なかった。  まだぼうっとした頭でシグルズを見上げると、彼は懐からサングラスを取り出して、それを掛けたところだった。 「なあ、そのサングラス……」  腕を伸ばして少しずらすと、空色の瞳がこちらを見ていた。はやり直視は出来なくて、ちらちらと視線を彷徨わせてしまう。 「ちょっとずつ、慣れたりしないかな……?」 「どうだろうな。そんな話は聞いたことがないが……」 「でも、色々不便だし……」 「……そんなところで無理はしなくていい」  その口調や、少し下がった眉尻から、本当にイェークを労ってくれているのが分かった。 「うん……。でも、俺も不便だと思ってるからさ。もし慣れたら、いいなって」 「それは……そうだな」  時刻は予定を過ぎていた。イェークは一時的に授業を抜けてきたのであり、いい加減に戻らないと進度に追いつけなくなってしまう。  二人で連れ立って格納庫の来た道を戻るところで、シグルズの伯父であるヴォルス・ドレッドノート空佐とすれ違った。今日も女性の操舵手〈ラダー〉を二人従えている。今度は作法も学んでいたので、シグルズと同時に立ち止まって敬礼した。 「ふむ、お前もアレを動かすのが待ちきれんといったところか」 「恐れながら」 「殊勝な心がけだ。どんどん前倒しになるよう動いていけ。そしてこちらは……」  無遠慮に青い瞳で見定められ、イェークはびくりと硬直する。 「そろそろ躾も済んだか?」 「っ……」  先ほどシグルズと抱き合っていたばかりなだけに、どこを見たらいいか分からない。 「ほう? いい反応をする……。随分と上手く躾けたようだな」  自分のどんな表情を想像されているのかと思うといたたまれない。しかし意外にも、助け舟を出してくれたのは、彼の操舵手〈ラダー〉たちだった。黒髪のアップの方が、無表情に少し焦りを滲ませて進言する。 「閣下。恐れながら、後の会議に差し支えます」  赤髪のウェーブの方も、ふんわり微笑みながら続く。 「そうですわ。閣下がおられなくては進まない会議ですもの」 「ん? そうか。ならば、行くとするか」  空佐は名残惜しそうながらもイェークから視線を外し、歩き始めた。助かった、そんな心の声が顔に出てしまったのか、二人の側近たちはそれぞれイェークに目配せをして去っていった。  完全に三人の姿が見えなくなってから、イェークは肩の力を抜いた。シグルズが気遣わしげに訊ねて来る。 「大丈夫か」 「うん……。はは、やっぱり慣れるのは大変かもな」 「無理だと思ったら、俺の名前を出して逃げ出せ。いいな」 「分かったよ、そうさせてもらう」  まだ格納庫に用があるというシグルズとは別れ、イェークは着替えて訓練棟へ向かうことにした。背中にはずっと、シグルズが見守ってくれている視線を感じていた。

ともだちにシェアしよう!