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15b 二人の誓い

「フェンリルシリーズは、まだ研究段階の船でもある。その機能をフルに使うには、乗員二人の意志疎通が特に優れていなくてはならない。そもそも空軍(ここ)におけるペアとはそういうものだが……」 「だから、最初に俺を抱いて、確かめたってこと……?」  シグルズは一瞬押し黙った。 「お前と関係を結べると、上に証明しなくてはならなかった。一度だけ、既成事実さえ作ってしまえば……俺が支配すれば、それでいいと……」 「何にも説明してくれなかったのは、一度だけって思ってたからなのか……」  髪を撫でていた手で頬を包み込み、顔や瞳を覗き込まれる。こんな暗闇の中でないと出来ないことだ。 「ちゃんと段階を踏んで、せめて怖がらないようにしてやれば、良かったと……」 「ん……分かったよ。今は大丈夫だから……いいよ」  シグルズの手に手を重ねて、頬を押し付けた。 「本当に、お前はよくやってくれた。ここに急に連れてこられて、無理難題を言われて、さぞ俺を憎く思っただろう」 「はは……。憎いとまでは思ってないよ。びっくりはしたけど、色んな勉強が出来て、準市民にしてはめちゃくちゃ恵まれてると思うよ」  けれどシグルズの表情はまだ晴れないままだった。 「俺は、俺が実家にされたことと同じことを、お前にしてしまった……。操縦士としての資格を奪おうとした。お前の人生を、ねじ曲げてしまったんだ」  最初は訳も分からないまま連れて来られ、言われるがまま勉強を始めたのだが、ここに来たということを本当に理解出来てきたのはもっと後だった。軍に入り、高官の付き人になるということは、それだけ軍の機密に触れるということだ。重要人物の名前や地位、武器武装の型番やメーカー、その性能……今のイェークにはどれもすぐに確かめられる情報だが、周辺国にとっては全て有用な情報なのだ。分かったことに対して対策を取れば、実戦において優位に立てるのだから。機密情報は絶対に外部に漏らす訳にはいかない。  つまり、イェークはもう民間の航空会社に戻ることは難しい。知りすぎてしまったのだ。 「シグルズ……。そのこと、気にしてたんだな……」  だが、準市民は元々そういう運命だ。国家に指示された仕事をするしかないし、それだけが存在意義だ。指示が国家からなのか、シグルズからなのか、その違いでしかないのだが……。 「それでも俺には、お前しかいない……お前がいいんだ」  縋るようなシグルズの声色に、少しどきりとした。いつも自信に満ちていて、張りのある声で命令を下すシグルズなのに。どれだけ心を乱しているのかが、暗闇の中でも伝わってきた。 「頼む……。一生、大事にする。だから、俺の操舵手〈ラダー〉になってくれ」 「……!」  抱き締められ、身体ではなく心が震えた。胸の中心が熱くなって、息さえ詰まる。 「すごい……。なんか……プロポーズみたいだ」 「同じようなものだ」  涙声になりながら、何度も頷く。肩に額を寄せて、その温もりを思う存分独占した。 「本当? 殴ったり、無理矢理言うこと聞かせたりしない?」 「しない。お前のためにならないようなことはしない」 「……ずっと?」 「ああ」 「ずっと、俺が死ぬまで、一緒にいてくれる……?」 「軍人だからな。死ぬときは一緒だ」  すん、とすすり泣いてしまった。 「っ……嬉しいよ。あんたに選んでもらえて、俺……」  間が空いてしまったが、それでも何とか笑う顔を作ってから、返答した。 「こちらこそ、よろしく」  目頭が熱い。さっきからたくさん泣かされていたのに、これまでで一番熱く感じた。 「俺、あんたに抱き締められるの、好きだ」 「抱き締めるだけでいいのか」 「っ……撫でられるのも、結構好きだけど」  シグルズの手のイェークの腰へ周り、その辺りを撫でる。尻の間の窪みにも指を這わせるのに、すぐに避けてしまう。 「んっ……」  思わず感じて、肩を跳ねさせてしまう。まだ余韻の合間にいたので、身体はすぐに火が灯ってしまった。 「さ、触って……もっと撫でてよ……。俺の身体中、いろんなところ、触って……」  行為をねだるのは本当は恥ずかしくてたまらないし、はしたないとも思う。けれどそれが叶えられてしまうというのなら、震えながらでも、つっかえながらでもねだってしまう。 「……もう一回、するぞ」 「うん……」  指で溢れ出るものを拭っていると、密着している身体に違和感を覚える。太股に何かが触れた。 「……?」  シグルズが少し気まずそうに言う。 「最初に会った時から、お前に欲情して仕方ない。試験が終わるまではと思っていたが、いつも押し倒してやりたいと思っていた……。俺は、どこかおかしいのかも知れん」 「……それ、今は俺もだよ……」  シグルズの背中に手を回して、そのまま彼の腰や尻、太股までを撫で下ろす。ところどころ筋肉の盛り上がった感触が、今はいやらしいと思った。国家を守るために鍛え上げた、一見禁欲的なこの肉体で、何度もイェークを貪ったのだから。  唇を吸われるのを拒む理由は、なかった。

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