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16a ついて行くのがやっとなんだが
イェークが所属していたクラスは、残りの試験の実施と結果発表をもって解散となった。それぞれが正式に配属先が決まったが、もちろん最も階級が高くなったのはイェークだった。
クラスの皆は薄々イェークの立場に気付いていたようで、呼ばれた解散会では満を持してといった勢いで囲まれ、その辺りのことを訊ねられた。配属先ありきで試験に臨んだイェークは、ある意味では一人だけ出来レースのようなことをしていた後ろめたさがあり、この機会に思い切って経緯を話すことにした。すでにキャリアのあるプロだということで、皆はイェークの成績の良さが腑に落ちたようだった。
数人からは、明日からお前の部下になるから今日のうちだと言って、冗談でバシバシ背中や頭を叩かれた。イェークに直属の部下はいないのだが、広い意味でシグルズの部下となるので、イェークから命令が伝わることもあるだろうということだった。
晴れて階級がつき、スレイプニルの専属操縦士となったイェークを待っていたのは、さらなる訓練に次ぐ訓練だった。シグルズと二人で身に付けなくてはならない内容も多く、シグルズが言った通り、イェークとの訓練に専念してほとんど付きっきりで過ごすこととなった。
イェークは基礎体力の向上も課題であり、懸垂が二回しか出来なかった時には呆れられてしまった。イェークにしてみればシグルズの方がその体格でそう何回も出来る方がおかしいと思うのだが、思い返せばクラスメイトたちは男女問わず筋骨隆々だったので、やはり自分の方がここでは異端であるらしい。それからは食事の度に皿にもりもり肉を盛られるようになってしまった。
イェークの課題は他にもあった。射撃だ。
屋内に設けられた射撃訓練場に、イェークとシグルズはライフル銃を携えてやって来ていた。
ずらりと並んだ十数のブースの前に、それぞれ円と十字のマークの的が掲げられている。
「とりあえず構えてみろ」
そう言われ、ブースの前の的を狙ってライフル銃を構える。床尾を右肩に当てて、銃を身体に引き付ける。頬を銃床に付け、しっかり地面を踏んで目線を的へ向けた。
「なんだ、経験があるのか」
「一応……。ハイジャック対策で、年に何回かやらされてたんだよ。こういう長いやつじゃなくて拳銃だったけど……。これも撃ち方だけなら、なんとか」
「なら話は早い。撃ってみろ」
「はぁ……」
小さいため息をついて、一瞬躊躇してしまう。
「なんだ」
「いや……その……」
「さっさとしろ」
イェークは耳栓が耳に嵌まっていることを触って確認した。それから静かに的へ向かって構え直し、意を決して引き金を引く。
弾丸は的の中心を貫く……どころか、的の右淵を掠めて壁にめり込んだ。シグルズが眉をひそめる。
「真面目にやれ」
「や、やってる! 苦手なんだよこれだけは!」
「正しく構えて真面目に狙えば当たる」
「大真面目だよ! でも全然ダメなんだよ!」
シグルズは納得していない顔をしながら、銃身を掴んでもぶれないことを確かめた。後ろに回り込み、そこから声が掛かる。
「もう一回撃ってみろ」
後ろから撃つ瞬間をチェックするようだ。
イェークは銃弾を装填し直して、再び狙いを定めて引き金を引いた。
結果は似たり寄ったりで、的の左端に辛うじて当たった。だが円からは大きく外れ、これでは当たったうちには入らない。
「……。試験科目に懸垂と射撃がなくて、命拾いしたな」
「しょしょしょ、しょうがないだろ……。いや、正直俺もそう思う……」
顎に手をやりながら、シグルズが呟く。
「……むしろ好都合か」
「え?」
「こちらの話だ」
シグルズはイェークの後ろに立って手を添えながら、改めて構え方を確かめた。
「撃つ瞬間に銃口がぶれているんだろう。衝撃を警戒しすぎて目を瞑っているか、単に筋力が足りなくて振り回されているか」
「えー、そうかなあ」
「当たらんのだからそうだろう。だがもういい、シミュレーター室に戻るぞ」
「え、来たばっかりじゃないか」
シグルズがイェークの銃を取り上げ、出口へつかつかと歩いて行く。
「お前には優先度の高いことが他にも山ほどある。行くぞ」
彼の強引さはいつものことだったが、どこかに違和を感じてイェークは口を尖らせた。しかしシグルズは一度も振り返らず、イェークが追って来て当然という振る舞いで見えなくなってしまう。本当に置いて行かれそうなので、やむを得ずイェークも射撃訓練場を後にした。
そうしてみっちりと訓練をこなし、夜にはベッドで溶けそうなほど抱き合い、愛し合った。力ずくでイェークを押さえ込む必要がなくなった故なのか、以前に比べてシグルズの愛撫は優しくなり、代わりに甘やかされる恥ずかしさに震えるはめになってしまった。
けれど、羞恥心を刺激されるようなことを言われたり言わされたり、されたりさせられたりしているうちに、すっかりイェークの身体はそういう風に作り変えられてしまった。抱かれる度に快感は増し、一層深くへシグルズを迎え入れることが出来るようになっていった。時には自分から誘い、受諾される。その幸福感の味をしめてしまった。
眠る時はたいてい行為の後で、お互い全裸で身体を寄せ合って寝入っていた。近くで寝息が聞こえ、体温がすぐ側にあり、耳をすませると心臓の音まで聞こえそうなほどの距離が、二人のデフォルトになっていた。
だから、朝最初に目に飛び込んで来るのは、たいてい相手の身体のどこかだった。シグルズはイェークの長く伸ばした襟足の毛を撫でるのが気に入っているようで、その感触で目を覚ますこともあれば、名前を囁かれて目覚めることもあった。
「ちょっと……イェークがまだ……」
眠りの淵にいながらでも、イェークは目が開かないながらも自分の名前を聞き取って、意識を現実へ掘り起こそうと僅かにシーツを掴む。けれど昨晩も身体の隅から隅まで愛されたためか、あちこちにだるさが残っていた。
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