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16b ついて行くのがやっとなんだが
「へえ、この子か……ふぅん?」
「もういい加減にしなよ、起きちゃうって」
聞いたことのある声と、そうでない声が入り交ざっている。いつも枕元で聞こえるはずの声がうまく捉えられないのは、まだ夢との狭間にいるからだろうか。
「起きてもらわにゃ、聞けねえだろ? おーい、もしもーし」
「ちょっと! ダメだって……」
トントンと小さく肩を叩かれて、その弾みで意識が急激に覚醒する。明かりが付けられており、その眩しさと怠さでまだ目は開けられない。
「ん……シグルズ、腰がまだ……立たない……ってば……」
思わず噴き出したといった笑い声が、突然部屋に響く。
「あっははは! ……おーおー、愛されてるねえ」
「ちょっとシンフィー! ごっごご、ごめんねイェーク……」
後者の声にようやく思い至って、イェークは飛び上がるほど驚いて上半身を起こした。
「えっ? えっえっ! え……?」
見ると、声を殺して笑う青年と、その丸まった背中をひっ叩いているカイがいた。
「ええええっ?」
全裸だったイェークは慌ててシーツを引き寄せる。見渡すと確かにシグルズとイェークの部屋なのだが、いるはずのない二人がいる。
「ほ、本当にごめんねイェーク! 言っても聞かないんだ……」
「ひっひひひ……あいつ、『俺にラダーなど不要だ。キリッ!』とかなんとかゴネてた結果が……アヒヒヒ……この子……ヒヒッ……めっちゃかわいい子選んで……イーヒヒヒ!」
「もうシンフィーうるさい!」
布団の中はイェークのみで、シグルズの姿はない。頼れるものはなく、イェークは声を上げることすら出来ずに、カイと笑い続ける青年と向かい合っているしかなかった。
「もういつまで笑ってるの! ごめんね、勝手に入って……しかも起こしちゃって」
「だ、な、な、なん」
かろうじて発音出来たのはそれだけだったが、カイは察したらしい。
「ああ、このどーしようもない笑い上戸はシンフィー。紹介するの、初めてだよね。シンフィー・ドレッドノート。ほらいい加減にしなさい、ご挨拶!」
カイが思い切りシンフィーの尻を蹴り上げると、シンフィーはようやく落ち着いてきたようだった。
「いってて! はあー笑った笑った……いやいや、悪かった」
丸めていた背中を伸ばすと、シンフィーもまたかなりの長身であることが分かった。髪の色も瞳の色もシグルズと似ており、着ている将校用の紺の軍服も同じだ。苗字が表す通り、彼もまたシグルズと血縁関係なのだろう。ただ、彼はシグルズよりも少し金髪の色が薄く、くるくるとウェーブがかかっており、目尻は下がり気味だ。
「君がイェークだな。シグルズと仲良くやってくれてるそうで、俺も早く会ってみたいと思ってたんだ。俺はシンフィー。よろしくな」
手を差し出され、軽く握り返す。こちらだけ全裸で間抜けだとは思いながらも、一応名乗っておく。
「えっと、はい。イェーク・プロシードです……」
「俺とシグルズとは同い年のいとこ同士、階級も、あんたのお陰でシグルズが昇進して、一等空尉で並んだところだ。だからまあ色々セットにされることが多くてな。と、言うよりは……」
シンフィーは、腕を組んで呆れ顔のカイの肩を抱き寄せた。
「こいつのご主人様だ、って言った方がいいかな? いつもカイと仲良くしてくれて、ありがとうな」
「もう……最初っからちゃんとしてよ」
カイはシンフィーの手をぺしっと払い除け、シンフィーは大げさにその手を痛がった。だが、楽しそうに笑っている。
「とにかく、これでようやく本題に入れるんじゃないの」
「おうともよ。ここに来たのは他でもない。シグルズの奴はどこに行ったんだ?」
「えーっと……」
いつもならば共に目を覚ますはずなのだが、ここに彼はいない。何か言っていたかと記憶を辿ると、昨晩に聞いた言葉を思い出す。
「そういえば、格納庫に誰かを迎えに行くって……。話をつけてくるとかなんとか」
するとシンフィーは表情を凍りつかせた。
「うわっやっべ」
「まさかシンフィー」
カイの蹴りが再び炸裂する。
「どこまで適当なのさ! 勝手に入る必要なかったんじゃんか!」
「いって! おいマジで痛ぇって!」
「きりきり歩く! ごめんねイェーク。また後で謝らせに来るからね」
「ああそうだ、君からもあいつに言っといてくれよ。週末はサボるなよって……ぐぁっ、連続はよせっ!」
シンフィーはそのまま尻をカイに蹴られたり、背中をどつかれながら玄関へ押し出されて行った。間もなく扉が閉まる音と電子キーの施錠音が鳴り、一気に部屋に静寂が戻ってきた。何だったのかと、呆然としてしまう。
(……。やっと服を着られるのか……)
だが脱力の方が大幅に勝った。イェークは大きなため息をつきながら、枕の上に突っ伏した。
結局シグルズとシンフィーは午前中ずっとすれ違っていたらしく、二人が顔を合わせたのは昼になってからだった。カイとイェークも加えた四人で基地内のカフェに入り、ようやく落ち着いて話が出来る状況となった。
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