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17a 別世界の人々

 シンフィーを探しているうちに時間を浪費したシグルズの機嫌は最低調を迎えており、その眉間の皺はとても深くなっていた。 「ほう……。つまり俺の部屋に勝手に入った挙句、イェークにまで危害を加えたと」 「危害とか加えてねーって! なあ?」  シンフィーは隣のカイと、斜向かいのイェークに同意を求めたが、もちろん得られない。 「うーん、びっくりはしたかな……」 「イェーク怯えてたもんねー。あーあ、可哀想だったなー」 「え、そうなっちゃう?」  シグルズは一瞬こめかみに青筋を浮き上がらせたが、コーヒーを一口含んでから深く息を吐き、話を進めることにしたようだ。 「とにかくだ。お前の話とやらは、どうせ週末の件だろう」 「そうそう。俺がマクスウェルに前倒しで戻って来られたのも、お前に釘を刺すって役目のおかげだからな」 「俺は行かん。こいつにはまだ早い」 「早いとか遅いとかじゃねーの。スレイプニルの稼働記念パーティーだぞ? お前とイェークの昇進と就任祝いも兼ねてんだ。主役なしでどーすんだよ」  それはまるで寝耳に水だったので、イェークはカフェオレから口を離して、隣のシグルズを見上げた。シグルズは三方向から視線を浴びているのを分かっていて、再び深いため息をついた。  シンフィーは椅子の背凭れに背中を預けながら、生クリームたっぷりのイチゴパフェを掬っているカイを抱き寄せた。 「大事にしまっときたい気持ちは分かるぜ? そりゃあ俺だってその気持ちは分かるさ」  カイはシンフィーのことは気に留めず、されるがままになりながらグラスの底の方までスプーンを差し込んでいる。 「でもな、今回は出とけ。スレイプニルのカスタマイズってか、大幅な設計変更で、めちゃくちゃわがまま聞いてもらってんだろ? たまには周りの顔も立てとけって」 「……」  シグルズはその話を出されると立場が弱くなるようだった。青い目が少し逸らされる。砲塔を減らして最高速度を稼いだという件だろう。 「別に壇上に上がれとは言わねーよ? ハイドーモ、っつって一杯貰って、そしたらすぐ引っ込めばいい。顔さえ見せりゃ伯父さんだって納得するさ。それに、今回のはイェークのためでもあるんじゃねーの」  突然自分の名前が出てきて、イェークは思わず背筋を伸ばしてシンフィーの顔を見上げた。 「お前がそんなんじゃ、副官のイェークまで愛想が悪くて、生意気で、こまっしゃくれた奴! みたいに思われちまう。そんでいいのか? 一日サボったばかりに、ずーっとイェークがいじめられるなんてことになって、本当にいいのかよ?」  いよいよシグルズは口をへの字に曲げた。反論の余地を失った顔だ。シンフィーは抱き寄せたカイの髪を愛おしそうに撫でてから、もう一度試すようにシグルズの方を見た。 「どうなんだ?」 「……分かった」  そのシグルズの言葉に、イェークはあんぐり口を開けてしまった。言い出したら聞かないというか、独断専行が信条なのかというくらいの男が、ものの数分で折れてしまった。シンフィーに尊敬の眼差しを向けてしまう。 「よしよし、話はまとまったな」  パフェの残りをかき込んだカイが、口の端をぺろりと舐めて容器を置く。 「これでやっとフェンリルの相手してくれるんだよね?」 「おうともよ。行くか!」  上機嫌で立ち上がった二人だったが、シンフィーがカイの尻を撫でたせいで盛大に腕を捻り上げられている。そのまま色々喚きながらカフェの外へ出て行くのを、シグルズと二人で眺めて見送った。いよいよ疲れた顔で、シグルズは残りのコーヒーを呷った。 「俺そんな……パーティー? みたいなとこ行ったことない……」 「大人しくしていればそれでいい。話し掛けられた時だけ適当に合わせて返事しておけ。あいつらも同行するが、俺からは離れるな」 「そっか……分かった」  シグルズはイェークの姿をまじまじと見た。イェークはここに来た時に渡された紺色の軍服をヘビーローテーションしていて、今日もそれを着ていた。階級章だけが先日変わったばかりだ。 「……服が必要だな」  確かに、作業着みたいなこの服装では不釣り合いなのだろう。かといって経験したことのない機会について想像しようとしても、おとぎ話の舞踏会のような光景しか出て来ない。そんなところに軍人のシグルズや、どう見ても一般人のイェークが紛れ込む……。その先は、イェークの脳内では謎に包まれていた。

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