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23a 嘘は言えない

「お前は部屋に戻っていろ。命令だ」  それだけ言い置くと、シグルズは踵を返そうとする。 「出来ない! その命令は聞けない」 「予定はすでに決まっている。いい加減にしろ」 「待てって!」  歩いて行こうとするシグルズの腕を掴み、留まらせる。すぐに振り払われてしまったが、ひとまずは歩みを止めることが出来た。 「だったら、今ここで、空佐の前で! 俺を解任するって宣言しろよ! あんたを守れないんなら、俺があんたのペアである意味なんかない」 「貴様……黙っていれば勝手なことを」 「勝手なのはあんただろ! 何も説明せずに俺を閉じ込めて、空佐の部下まで巻き込んで! 今日がどんなに大事な日なのか、分かってんだろ! スレイプニルの……俺たちの船の、初飛行だぞ。それをどうして、他の人のデータを登録しちまうんだよ」  話を聞いていた空佐が、こちらの動向を見ながら顎に手をやる。それを視界の端に認めてようやく、彼と彼の部下に対して少し失礼だったかも知れないと思った。だが彼らも今回のシグルズの行動に振り回されているのだから、聞いてもらうしかない。 「お前が負傷して事情が変わった。その他の理由はない」 「操縦悍をくれてやるって言った! 俺を大事にするとも言った。全部嘘だったのか?」 「……」  シグルズが眉間に皺を寄せる。考えている時の癖だ。 「スレイプニルに乗れないんだとしたら、俺は軍を辞める。いや、辞められないのは分かってる、銃殺刑にでも何でもしてくれって意味だ」 「何?」  隣で聞いていたカイが青ざめた。しかしイェークに止められた手前、口を挟めずにもどかしがっている。逆の隣で聞いていた空佐もぴくりと眉を動かした。 「俺がグズすぎて、もういらないって言うんなら、それは仕方ないと思う。だったら! はっきり言ってくれ! そうすればもう邪魔はしない、鉄線を乗り越えて出て行くから。乗る船をなくしてブランクが開いて、操縦士としての俺が死ぬか、脱走兵として銃殺刑で死ぬか、あんたに見放されて海に飛び込むか、そこに違いなんかない!」  こんなところで泣いてしまうわけにはいかない。涙が溢れそうになる度に吐息が震えるが、ゆっくり瞬きしたり、真下を向いて頬を伝わないようにして堪えた。シグルズにも、この場にいる誰にも同情などされたくなかった。 「ほら、はっきり言ってくれ! 言えよシグルズ!」 「……言ったはずだ。言うことの聞けない部下はいらないと。ああ、その通りだ。お前など、どこへでも……」  その言葉の続きはやっぱり聞くのは辛くて、気管の辺りがヒュッと鳴った。心臓が動きを止めてしまったみたいに冷えていく。底無し沼にはまったように、両足の感覚が抜けてしまった。きつく目を閉じてなんとか踏ん張る。 「……お前など……」  シグルズの声が不自然に途切れ、イェークはちらりと視線を上げる。そこには、苦渋に歪んだシグルズの表情があった。 「……何故……そんな、残酷なことを言う……?」  シグルズの手がイェークの肩に置かれようとしたが、迷った末に下ろされる。その孤独な手が震えるほど強く握られる。 「やっと手に入れたお前を、何故危険に晒さねばならない? 安全なところに置いておくために、そのために手放せと? 何故そんな、残酷な選択を迫るんだ」  彼が辛そうな顔をすると、イェークもやはり辛かった。 「シグルズ……やっぱり、俺が狙われてると思って、匿ってくれてたんだな……」 「俺はこの性格だ、誤解されることも、それをわざと放っておくことも多い。お前が誰に狙われたのか、狙われているのか、ずっと考えていたが見当も付かない。見当も付かないほど心当たりが多い。だから、今日だけはお前を安全な場所に……。それがどうして理解出来ない? お前はそんなに物分かりの悪い男ではなかったはずだ」  イェークは首を振った。本当は物分かりのいい部下でいたい。シグルズに忠実に仕えたい。でも、今回のことは違うのだ。

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