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23b 嘘は言えない
「飛行機に二人乗るって、そういうことだろ。どっちかが危ないことをしていたら、身体張ってでも止めなきゃならない。経験もないのに大型機を飛ばそうなんて、なんでそんな無茶するんだよ。副官は上官を諌めなきゃならない、その責任がある。単純な上官と部下なら少し違うかも知れないけど……。俺たちはそうじゃないだろ。俺は、あんたのたった一人の操舵手〈ラダー〉だって、特別な存在に選んでくれた」
「しかし……俺は、お前を……大事に思うからこそ」
「俺は軍人になったんだ。あんたと同じだよ、いつも安全なんてあり得ない。今も俺が狙われてるんだとしたら、同じ理由であんただって危ないはずだ。だったらせめて、あんたの傍に置いてくれよ。邪魔なのか、俺は。本当に俺は、あんたの足手まといなのか?」
「邪魔なはずがあるか……!」
シグルズの腕が伸びてきて、胸の中に抱き竦められる。その逞しさが懐かしかった。離れていたのはほんの十日ほどだったのに、とても懐かしくて、鼻の奥がつんと痛くなる。この感触をどれほど恋しく思っていただろうか。
「空佐、僕からもお願いです。イェークをスレイプニルに乗せてあげてください」
カイが空佐に歩み寄り、敬礼する。空佐の頷きをもってその手を下ろし、カイは続ける。
「彼は今日のために努力し、結果を出し続けてきました。フェンリルシリーズ・ネームシップの操縦士である僕が、彼を強く推薦します。それに……今、彼らを引き剥がすべきではないのは、明白かと存じます。そうですよね?」
顎に手をやったまま二人の様子を見ていた空佐が、苦笑いをした。
「そうだな。私も同意見だ。シグルズ、お前の負けだ。乗せてやれ」
慌ててシグルズの腕から抜け出して、姿勢を正す。
「そこまで言ってくれる操舵手〈ラダー〉はなかなかおらんぞ。お前はこれまで散々、駄々をこねてどうなることかと思っておったが、いいペアを見つけたな。そいつは手放さぬことだ。決してな」
シグルズを見上げると、小さく息をついたところだった。よく見ると、ほんの少しだけ照れているらしい。もうイェークに帰れとは言わないだろう。
「アン! アンはおるか!」
空佐は振り返ると、少し離れた場所にいた二人の女性操舵手〈ラダー〉へ声を掛けた。黒髪のアップの方が小走りでやって来る。軍装だが、前にすれ違った時のようなタイトスカートではなく、少し膝周りに余裕のあるスカートをはいていた。操縦席に座るための服装だったのだと、イェークは思った。
「すまんな、聞いた通りだ。お前にとっては久々の操縦悍だったんだが、予定が元に戻った。指導官として管制塔におってくれ。何かあれば、そこからお前が指揮を執って構わん」
「了解、しました……。あの、閣下……」
「ん? どうした、腹でも痛いか?」
「……いえ……問題ありません」
もう一人の赤毛のウェーブの方は、その後をゆっくりやって来た。こちらはタイトスカートだった。
「スレイプニルは初飛行とはいえ、貴女の経験があればきっと問題なく導けるわね」
「その……ジル、閣下のことを頼みます」
「? ええ、分かったわ。私たちは先に、管制塔の下の司令室へ行っているわね」
「……ええ」
空佐と、片割れの操舵手〈ラダー〉を見送ると、彼女はイェークへ向き直った。
「あなた、もう怪我はいいのですか。目も?」
「はい。目はギリギリ無事でした。腕もこの通り、操縦に支障はありません」
「そう。彼のサングラスに感謝ね」
彼女はそれだけ言うと、管制塔へと向かったようだった。
いつの間にかカイの傍にはシンフィーがやって来ており、こちらを苦笑しながら見つめていた。シンフィーはカイの首に片腕を回して引き寄せると、顎を掬って口付けた。カイは驚いたのかぽかぽか叩いていたが、多分それでお叱りが済んだのだ。やがて二人は連れ立ってフェンリルの方へ歩いて行った。スレイプニルの直後に離陸し、並走する実験のためだ。
シグルズも搭乗口へ向かうようだ。イェークの肩を小さく叩いて注意を引く。
「機体に乗り込んでしまえば大丈夫とは思うが……俺から離れるなよ」
「分かった。ありがとう」
イェークはいつも通り、シグルズの迷いのない足取りの背中を追い掛けることにした。
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