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23c 嘘は言えない

 シミュレーターでは見慣れているが、やはり真新しい操縦席に座ると気が引き締まった。イェークの跨がる座席を取り囲むように計器類があり、それをまた囲むような窓には格納庫の風景が映っている。真後ろの一段高い機長の席には、シグルズが脚を組んで座った。イェークと同じで少し緊張しているのか、何かを思案しているようにも見える。 『予定をかなり押しています。離陸準備を急いでください』  管制塔から通信機越しに聞こえるのは、先ほどのアンという空佐の操舵手〈ラダー〉の声だった。 「了解。離陸シークエンス、三番と五番が完了。……四番も完了。メインエンジン、すでに始動しています」  イェークは天井に向かって呼び掛ける。 「最終チェック! シギュン!」  目の前に半透明の緑色の表示盤が降りてきて、色々な数値が示される。必要なものに対して指をさしていき、異常がないことを確かめる。 「シギュンシステム、音声認識に応答。問題ありません。自動計器チェックも、終了シークエンスを実行中……全て終了しました」  半透明の表示盤を上へ畳むような仕草をすると、表示は見えなくなった。自分の目でも改めて、備え付けの計器類を確認した。 「スレイプニル、離陸準備完了です。滑走路への侵入を許可してください」 『第一滑走路への侵入を許可します』 「了解」  機体の前の誘導員が、は機体の周りから作業員が全員離れたことを教えてくれる。イェークはスレイプニルのジェットエンジンを少しだけ調整し、ゆっくりと機体を前に進めた。前輪をスティックハンドルで操作し、誘導員の脇を通り抜ける形で格納庫から外へ出る。  快晴の空は突き抜けるように青く、滑走路の見張らしは抜群だった。その先の海まで肉眼で見渡すことが出来る。操縦席からは自分が乗っている機体を見ることは出来ないが、上から見ればこの紺と銀の鈍く光る機体は、さらに輝きを増していることだろう。 「ユー・ハブ・コントロール(あなたが操縦してください)」  訓練通りにシグルズの声が聞こえ、それに応える。 「アイ・ハブ・コントロール(私が操縦します)」  進行方向へ真っ直ぐになるように機体の向きを調節し、再度管制塔に問い掛ける。 「こちらスレイプニル。管制塔、離陸許可を」 『こちら管制塔。スレイプニル、離陸を許可します』 「了解。離陸します」  スラストレバーを前方に押し、メインエンジン四基の出力を上げる。脇に一機だけはぐれて止まっている小型戦闘機を尻目に、スレイプニルはぐんぐん速度を上げた。離陸速度に近付き、イェークは期待と喜びを抑えながら操縦悍を握り直した。きっと彼も同じ気持ちだろう、そう思ってバックミラーをちらりと見たのだが、彼は真剣に何かを考えているようだった。 「何故……」  シグルズの呟きが零れ落ちる。 「どうしたんだ?」 「何故あの操舵手〈ラダー〉は、お前が俺のサングラスを掛けていたことを知っていた?」 「え、それは会場で見たん……おい集中しろよ、離陸だぞ」  ふわりと無重力に似た感覚があり、高度計と姿勢を示す計器が動き出す。前輪が浮き、後輪も続く。イェークは慎重に操縦悍の角度を動かし、機首の角度を適切に保った。完全に離陸したスレイプニルは、予定の高度を目指して、より一層機首を上向ける。高度計が順調に揺れ、遅れてほんの少しの重力がかかり、目の前は空の青でいっぱいになった。 「会場で遠目から見て、何故俺のサングラスだと分かった?」 「んー、それは……んー?」  目の前の青と、操縦悍や計器から伝わる空の様子とを勘案しながら、イェークは記憶を辿った。あの時、会場から出てすぐに、視界の暗さに耐え切れず一度サングラスを外したはずだ。酔っぱらった空佐とすれ違い、男子トイレに駆け込んだ。そこで改めてサングラスを掛けたところで、突然襲われた。サングラスはどこかへ消えてしまい、今も手元にない。それを持ち去ったとされる犯人ならば、よく確かめることが出来るのかも知れないが……。 「イェーク!」  その叫び声とほとんど同時に、操縦席で聞くはずのない音がイェークの耳をつんざく。銃声が二発、至近距離で鳴り響いた。 「え」  狭い空間で残響が残り、機体の発する音どころか自分の声すら一瞬聞こえなくなった。手動操縦中なので操縦悍から手を離すことも、振り返ることも出来ずに、イェークはただ空の青色を見ていた。  次に、ドサッという何かが倒れる音。 「ぐぅ、ッ……ぐ、あ……!」 「え……?」

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