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24b 守るために
『待って、何か近付いてくる……え、ちょっと、避けて!』
レーダーに、猛スピードでこちらへ向かってくる小型戦闘機が映っていた。咄嗟にエンジンの出力を上げ、同時に機首を下げて、斜め下へ突っ込むようにして衝突を避ける。
「くっ……」
ふわりと身体が浮くような感覚があり、次にその反動で床に向かって引っ張られる。床のシグルズも、左腕でなんとか姿勢を保ったようだ。それを見てひとまず安堵する。上を通り過ぎたのは、滑走路ではぐれて止まっていた小型戦闘機だった。
「あれは……」
『そう……あなたはまた、彼に助けられたの……。一度ならず、二度までも……。もう、終わりね……何もかも……』
通信機越しに聞こえたのは、離陸時に交信していた、あの女性の声だった。
「その声は、空佐のとこの……。それに乗ってるのか? どうして管制塔にいないんだ! それに、なんで危ない飛び方するんだよ」
シンフィーが管制塔と話す声が小さく聞こえる。空佐を呼ぶことと、彼女の部屋の捜索を要求している。
「まさか……スレイプニルに細工したのはあんたか?」
空佐の直属の部下ならば、イェークよりも強い権限を持っている。周波数の変更も可能なのではないだろうか。そして彼女は、つい先程までスレイプニルに乗り込む予定だったのだ。事前に操縦席に出入りしていても不思議ではない。出入りして、無線の周波数を変更し、そして護身用の拳銃を人知れず設置することも、彼女ならば出来ただろう。
「シグルズを撃ったのも……? なんで! なんでそんなことした! 答えろ!」
『シグルズ空尉を狙ったんじゃないわ、あなたよ! でも、また庇われたのね……結局十日前と同じ……』
イェークはスレイプニルの進行方向を変えるべく操縦桿を傾けていたが、ついその手が止まりかける。
「十日前って……あの、パーティー会場の?」
思わず片手で目の下に貼ったままの保護シートに触れる。あと僅かでも刃先がずれていたら、イェークは操縦士生命を断たれていたかも知れないのだ。そしてあの日のせいで、シグルズはイェークを心配して何日も部屋に軟禁することになった。
「まさか、同じ操舵手〈ラダー〉が……? 同じ操縦士がやったって言うのかよ!」
『ちょっと脅かすつもりだったのよ! でも、サングラスが……。あなたが悪いのよ! あなたがここに来てから、上官に愛されてるのをいつもいつも、すれ違う度に私に見せつけるから! いつも掛けてるサングラスを貸し与えられるまで、なんて……それに比べて、私は……!』
スレイプニルはワシルトラス基地へと方向転換し、帰還のための航路へ入った。安全な距離を保ったまま、フェンリルも追ってくる。ところが、アンの乗った小型戦闘機がスピードを上げたかと思うと、スレイプニルの前に割り込んできた。
「おいどけよ! このままじゃぶつかる! こっちは急いでるんだ!」
『もう何でもいい……これで終わり……。死ぬならここがいいわ……』
「あ、あんた何言ってんだ?」
イェークとアンの通信の裏で、ずっと管制塔とやりとりをしていたシンフィーが、通信に割り込んできた。
『ビンゴだな。イェーク、それからシグルズも聞こえてるか。その女の部屋から、シグルズのサングラスが発見された。十日前にイェークが襲われた状況、それにさっきの危険行動と会話を合わせれば、事情は聞くまでもないだろう。――そいつが全部の犯人だ』
パーティー会場で味わった絶望、傷の痛み、部屋に閉じ込められていた間の孤独、そしてシグルズの血に染まった姿……それら全ての元凶が目の前にいるのだ。興奮のあまり視野が狭くなってきた気がして、イェークは意図的に深呼吸を繰り返した。
シンフィーの声が続けて告げた。
『スレイプニル、前方の機体を撃墜しろ。これは空佐の命令だ』
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