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24c 守るために

 通信越しにアンが息を呑み、そして嗚咽を漏らす声が聞こえる。 「撃墜、って……でも、……でも、味方じゃないのか? しかも空佐の、直属の……」 『ああ……ヴォルス空佐……お慕いしておりました! でも、私は……! 私では駄目だったのですか!』  そこから先は泣きじゃくる声になってしまい、とてもこちらの言うことに耳を貸すような状態ではない。フェンリルも司令塔も、それを見越しているのだろう。 「フェンリルは……武装を積んでないのか」  いつの間にかシグルズが、座った状態まで身体を起こしていた。 「シグルズ、寝てろって! あんた血が……」  出血は全く止まっていないようだった。周りに血だまりが出来はじめており、スレイプニルの揺れに合わせてその鮮血が引き伸ばされる。しかしあろうことかシグルズは立ち上がり、自分の席に戻ろうとする。 「シグルズ……! 動くなって!」  彼の声は通信でフェンリルに伝わっていたのだろう。カイが応答する。 『フェンリルは丸腰なんだ。スレイプニルに並走するために、重さを揃えないといけなかったから……。逆にスレイプニルは、ほとんどフル装備のはずだよ』 「それで、スレイプニルに撃墜しろって言ってるのか……」  シグルズはしばらく着席した状態で息を整えていたが、血にまみれた手を短射程ミサイルの発射レバーに掛ける。 「じっとしてろシグルズ! 撃つなら俺が!」 「お前の仇は……俺が取る……!」 「何言ってんだ、それどこじゃ!」 「お前に引き金は、引かせん……。お前に、飛行機は……墜とさせ、ない……ッ……」  そこまで呟くと、貧血のためかシグルズは俯き、言葉を切った。 「あんた、まさか……俺に射撃の練習させなかったのって……」  シグルズのいつかの問いが再度蘇った。飛行機は好きかと問われ、好きだと答えた。あの時のシグルズは、その答えに嬉しそうにしていた。そして彼はその直後に、自分もだと言ったのではなかったか。彼は空と飛行機を愛している。だからこそ、彼は軍人でありながら、飛行機を手に掛けることを痛みと捉えているのだ。そしてその痛みを、一人で引き受けようとしている。  カイとシンフィーが命令の遂行を急かす。彼らもまた、シグルズの想いを知らないわけではないだろう。その口調にもどかしさが滲んでいる。だが、命令は遂行されなくてはならない。そしてシグルズの容態は一刻を争うのだ。  イェークは操縦を自動操縦に任せると、シグルズの席の隣に膝をついて寄り添った。レバーを握るシグルズの手に自分の手を重ねる。 「シグルズ、ありがとうな……。でも、あんただけにはさせないよ」  照準器が自動で作動し、緑の半透明の表示が降りてくる。丸いマークがすぐ目の前の銀色の機体の後部を捉えようとしていた。 「発射された砲弾と距離が縮まったら、あの機種なら脱出装置が作動するよな?」 「多分な」 「あの人、パラシュート背負ってるよな? 背負わないと、離陸しないもんな?」 「……イェーク」 「ごめん、分かってる……分かってる」  シグルズの息は浅く速い。額にも脂汗が浮かび、いくら体力のあるシグルズでも、もうあとどれほど生命力が残っているのか分からない。暗くなっていくその表情から見ても、意識を保っているのが不思議なくらいだ。もう時間がなかった。  銀色の機体の後部に丸いマークが重なり、カウントダウンが始まる。五、四、三……。そのカウントが一を刻んだ瞬間、イェークとシグルズは同時に引き金を引いた。  一瞬も間を置かず爆発が起こり、目の前がオレンジ色と黒煙に包まれた。スレイプニルの計器類がけたたましく警報音を鳴らし、熱源の存在を訴える。 「あ……」  イェークは目を凝らしたが、目的のもの、脱出装置の作動は黒煙に紛れて見ることは叶わなかった。  やがてそれが収まり、スレイプニルの機首が黒煙の合間を突き抜けると、警報音は収まった。呆気なくも脅威は去ったのだと、静寂が告げていた。 「こちらスレイプニル、目標を撃破。その、生存者を……探してくれ」  脱出装置は作動したのか、あの後パラシュートは開いたのか……考え出すと止まらなくなりそうだった。目に焼き付けた黒煙が脳裏をいつまでもちらつく。 『了解。捜索班へ位置を知らせたよ。スレイプニルはこのまま基地へ向かって。急いで!』  イェークはシグルズの身体を座席にシートベルトで固定すると、彼の体力がもつよう祈りながらその髪と頬を撫で、それから操縦席に戻った。景色と現在位置表示から見て、基地まではあと十分程度のはずだった。

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