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25b シギュン

 ジル、またはシギュンはイェークに向き直って苦笑した。 「シギュンシステムは、元々わたくしの操縦を模倣するために作られたものだったのですよ」 「そ、そうだったんですか!」 「でも、色々と権利関係で揉めてしまったので、わたくしには新しい名前を閣下からいただきました。ね、閣下」 「ああ、とりあえず、シギュンだけな。……その後は体調を見ながらアンの分も開発させるつもりだったのだが……どうしてこんなことになってしまったのか……」  ヴォルス空佐は背中を小さく丸め、ベンチに腰を預けた。その隣にジルが寄り添う。 「アンはまだ目を覚まさんか」 「ええ。かなり強い麻酔を使っているそうですから」 「そうか……。なあジル、私はアンを手放すことなど、考えたこともなかったのだ……。件のルールが決まった後も、私はずっと事務方に掛け合っていたのだが……だから、アンが自分から私の元を離れるなどということも、考えたことすらなかった……」 「わたくしもですわ。三人で一緒に暮らすのが、わたくしたちにとっては当たり前でしたものね……」  「……今日は部屋に帰っても、アンの手料理は食べられんのか……。それが私が下した、命令の意味か……」  ヴォルス空佐の背中が、一層小さくなったように見えた。  一ヶ月は入院生活が続くだろうと思われたシグルズだったが、脅威の回復力と強引さで、一週間ほど前倒しでマクスウェル空軍基地の宿舎へ戻ってきた。だが流石にいきなり元通りに訓練に復帰するというわけにはいかず、しばらくは部屋で体力の回復を図ることとなりそうだ。  シグルズは利き腕の右肘の骨が一部砕けてしまい、まだギプスが取れない状態だ。そのため、入浴はイェークが手伝うことにした。  バスタブに浸かったシグルズが仰向けになって頭だけを淵に乗せ、その髪をバスタブの外にしゃがんだイェークが洗っていた。 「なんか床屋さんみたいだなぁ。へへ、かゆいところはございませんかー?」 「特にない」 「……そーですか。流すぞー」  シャワーヘッドを掴んで、顔に湯がかからないように気を付けながら、泡をすすいでいく。シグルズは軽く目を閉じて、心なしか気持ち良さそうだ。耳の横も後ろにも泡が残らないように、丁寧に湯をかけた。 「そういえばさ、スレイプニルの操縦席、あれ座席ごと取り替えになったってさ」  あの時、スレイプニルは滑走路の終端を超えてしまい、最後はバランスを崩して右側に傾き、翼を地面に突く姿勢で停止した。幸い、修理すればまた飛べるようになる程度の損傷だ。シグルズが血まみれにした操縦席も清掃と修理がほぼ完了しており、欠けた右の翼の作り直しも、もうすぐ終わるという。 「シートベルトじゃないのか。お前が吹っ飛んでいったのは、あれが外れたせいだろう」 「それが、そもそもあの座席一式、女性の体重を元に設計されてたんだって。ベルトの留め金じゃなくて、根元から抜けてたんだってさ。俺、てっきり自分がベルト締め忘れたんだと思ってたよ。でも習慣だよなあ、あんな状態でもきっちり締めてたんだな」  泡を流し終わり、湯が滴る髪の毛を適度に絞って、タオルで包み込んでしっかり拭いていく。 「フン、まさかそんな手違いがあるとはな……初歩的すぎる」  シグルズはされるがままになりながら、見上げるようにしてイェークを見た。  青い空の色の目が、こちらを見ている。相変わらず綺麗な色だ。そこで思わず、声を上げてしまった。 「あっ! 目見ても大丈夫だ!」 「何?」  シグルズはバスタブの中で起き上がって振り返る。すると、あの感覚が蘇った。ぞくりと鳥肌が立って、見ていられなくなる。持っていたタオルで視線を遮った。 「うわっあれ、さっきは大丈夫だったのに」 「どっちなんだ」  再びバスタブの淵に凭れたシグルズが、逆さまになってこちらを見上げた。 「あ……これなら大丈夫だ。逆さまだと目が見られる!」  シグルズは驚いた表情をしたが、やがて少し嬉しそうに笑った。 「どういう理屈だ?」 「分かんない! でも、これなら……」  シグルズの頬を両手で包み込むように触れて、じっくりとその青を覗く。薄い青、春の空の色だ。ずっと見ることが叶わなかった、美しい輝きだった。 「綺麗な色だなあ」  するとシグルズはまた驚いた顔をした。変なことを言ったかなと思っていると、今度はまた笑った。 「俺もそう思っていた。初めてお前の姿を見た時から。美しい色……夏の空の色だ」  彼は自由になる左腕で服を引き、イェークはその意図を正確に察した。その唇へ、情熱的なキスを落とす。  イェークも身を清め、バスローブ姿で寝室へ戻ると、同じくバスローブ姿のシグルズがベッドに寝そべりながらタブレット端末を眺めていた。シグルズはイェークに気付くと、端末をヘッドボードに避けた。イェークはスリッパを放り出してベッドに乗り上げ、その隣にぴったり寄り添う。久々に共に過ごせる夜なのだ。変わらずたくましい身体に抱き付き、思う存分独占した。 「あ……、ひょっとして痛かった……?」  シグルズの右脇腹には、まだ縫合跡を覆うシートが貼られている。 「お前が押したくらいで傷は開かん」 「そうか? でも……今日は俺が全部するから、シグルズは動くなよ?」  言いながらシグルズのバスローブの腰の紐を解いて肌蹴ると、筋肉に覆われた胸や腹筋が現れた。そして、その下には……。  イェークはまだ反応の兆しがないシグルズのそれを、優しく手の中に包み込んで揉みしだいた。姿勢を変えて、シグルズの脚の間に収まるようにうつ伏せに寝そべり、舌の先でそれに触れる。

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