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第4話

「ただいま……」  玄関ドアが開く音と、壮登の疲れを微塵も感じさせない声が聞こえ、俺はキッチンで身を強張らせた。  リビングに入ってくるなりネクタイを緩めて、こちらに歩いて来る。 「蓮……ただいま」  後ろから腰を抱き寄せられて首筋にキスをされる。チュッと音を立てて何度も啄む彼の唇の感触が心地よい。  それなのに、素直に悦べない。 「あれ、シャワー浴びたの?」 「あ……うん。汗かいたから」 「そっか。じゃあ、俺もシャワー浴びてくる。夕飯は外で済ませて来たから、お前はゆっくりしてていいよ」  ――誰と?  天板の上に力なく置いていた手をぐっと握り込む。  急いであの男性の香りを消さないとね……俺に気付かれる前に。  バスルームに向かった壮登の背中にちらっと視線を向け、悪魔の俺を何とか抑え込む。 (なんだか……怠い)  どのくらいその場で立ちつくしていたのだろう。背後からの壮登の声でハッと我に返る。 「――蓮、どうしたの?もしかしたら体調でも悪いのか?さっきからずっとそこに?」 「あれ……。俺、なんだかボーッとしてた」 「発情期が近いからかな……。早く休んだ方がいい」  壮登が肩に手をかけた時、俺は無意識に彼の手を払いのけていた。  驚いたように目を見開く壮登。そして――。 「――あのさ、今日会ってたあの男の人、誰?」 「え?」 「俺、見ちゃったんだよ。お前の会社の近くにある商業ビルで……。体寄せ合ってさ、随分と仲良さそうだったね」 「蓮……?」 「ここ数ヶ月、帰りが遅かったのは彼と会ってたから?時々スーツについてた香水もあの人のもの?」 「何を言ってるんだ?あの人って……」 「もうさぁ、誤魔化さなくていいよ。世間体が気になるっていうんなら、俺は壮登の言うとおりにする。あの人に会いたいって言うんなら会えばいいし、子供が欲しいって言ったら頑張って生むから。それとも――不妊症の俺に愛想を尽かしてる?それなら彼に産んでもらえばいいよ。きっと可愛い子が生まれるね。きっと……。壮登の精子……最高だから……」  シンクの縁にしがみ付くようにして、唇を震わす。  抑えていたはずの言葉。針の穴ほどの隙間から漏れだした想いは、堰を切ったように流れ出して、ついに決壊した。  言っちゃいけない。でも、一度出てしまった言葉は戻ることはない。 「蓮……何を誤解している?」 「誤解?俺、誤解してるのかな……。それならそれで謝るよ。でもね……一度疑いを持ったことをなかったことには出来ないんだよ。壮登はモテるもんね……。俺みたいな平々凡々の庶民なんか……ハナから相手にされてなかった……の、かも」  後ろから力任せに抱きしめられ、俺は俯いたまま肩を震わせた。 「――それ、本気で言ってるのか?俺がお前の体だけが目当てで結婚したと思ってるのか?」  壮登が怒りを抑えながらも必死に言葉を選んでいることは痛いほど分かった。  下手な事を口走って、これ以上関係を悪化させたくないという彼の優しさ。 こんな時まで優しくするなんて、どこまで出来た人なのだろう。 「思ってないよ……。思いたくない……」 「じゃあ、どうしてそんなことを言うんだ?俺はお前だけを愛してる。お前と出会ったのだって運命だろ?」 「子供を産めないΩなんて……。みんなにいろいろ言われるに決まってる。お前が……かわいそう」 「そんな同情はいらない。周囲に何を言われようと関係ないだろ?俺はお前との子供が欲しい。だから……」 「だって、出来ないものは仕方がないだろっ!」  勢いよく振り返った瞬間、視界が大きく揺れた。  掴んでいたはずのシンクから手が外れて体が傾いていく。  膝が崩れる直前に、壮登の力強い腕が俺の体を支えた。 「や……はぁ、はぁ…。体……おかし…っ」 「蓮?お、おい……お前……っ」 「熱い……体、熱いっ。壮登……っ」  壮登に凭れかかりながら乱れる呼吸に肩を上下させる。  この症状――発情期だ。  さっき飲んだ抑制剤の効果が切れたと同時に訪れたようだ。  自分でも分かるほど甘いフェロモンが体から解放されている。この香りに番である壮登は抗うことは出来ない。  俺を支える彼の呼吸が荒く激しいものへと変わり、腕に長く伸びた爪が食い込んでいる。 「――蓮、ダメだ…。俺も抑えられないっ」 「やぁぁ……!やだぁ……こんな気持ちのまま……で、出来ないよぉ」 「大丈夫!絶対に大丈夫だから……はぁ、はぁ……っ。俺たちの子供を……作ろう!」 「壮登…っ、俺…俺……っ」  俺の発するフェロモンにあてられた壮登はもう止めることは出来ない。  本来もつ、獣の血が子孫を残すために覚醒する。 「蓮……っ、俺の蓮……っ」  後ろから体を支えられるようにして、再びカウンターの天板に両手をつかされる。力の入らない指先で必死につかまりながら疼き始めた腰を突き出すようにして彼の下肢に擦り付ける。  薄いスェットの生地越しに、壮登の猛ったモノの硬さと熱さを感じて、俺は熱い息を吐き出した。  発情したΩとそれに欲情したαに交わりの場所など関係ない。  ここが自宅マンションであることが幸いだった。 「ほら……もう、こんなに濡れてるよ」  壮登の手がスウェットのウエストから忍び込み、双丘の割れ目をなぞっていく。  ヒクヒクと痙攣を繰り返す彼を受け入れるその場所は、女性のそれと同じように分泌される愛液で満たされていく。  その蕾を直接触って欲しくて、さらに腰を突き出した。  壮登は俺のスウェットを下着ごとずり下げて引き抜き、その場に膝をついて両手で尻たぶを掴んで割り開くと熱い舌を蕾に這わせてきた。 「あぁっ…あ、あ……っ、壮登……やらぁ……っ」  先を尖らせた舌で抉るように蕾の薄い粘膜を開いていく。  次々に溢れ出る愛液を啜りあげるジュルジュルという水音に、俺のペニスもフルフルと震えている。  一度も触れていないにもかかわらず、先端からはまるで壊れてしまったかのように透明の蜜を溢れさせている。  細く銀色の糸を引きながらフローリングの床に落ちるさまは、自分が壮登と同じ獣になってしまったかのように錯覚する。  快楽が欲しい……。この火照った体を鎮めることが出来るのは壮登から与えられる快楽だけ。  それ以上に欲しいものは……。 「はぁ、っひぃ……も……やっ」  焦らされ続けることに耐え切れなくなった俺は肩越しに振り返ると、腰のあたりにある彼の黒髪を鷲掴みにした。 「壮登…!は、はやく……ち、ちょうだ……ぃ!」  俺の声に上目遣いで見上げた壮登は、ゆっくりと立ち上った。  唾液なのか愛液なのか判断がつきかねる濡れた唇を長い舌先で舐めとりながら、俺の唇を塞ぐ。  後ろから押さえつけられた体はキッチンカウンターに挟まれ逃げることは出来ない。  ねっとりと絡む舌に応えるように、俺もまた舌を伸ばして強請る。  素肌の尻たぶに感じるのは、壮登の怒張した灼熱の楔……。  そこにそっと手を伸ばして、指先で形をなぞっていく。 「――蓮、欲しいの?」 「うん……うんっ。欲しい……っ」 「俺の……何が欲しいの?チ〇コ?それとも……精子?」 「あんっ……りょう、ほ……っ」 「欲張りだなぁ…。安心して……お前を孕ませるのはこの俺だから。他の誰でもないよ…」  耳殻に沿って舌が動く。時折唾液を流し込むようにしながら……。  普段でも甘い壮登の声が、余計に甘くなる。いや、そう聞こえるだけなのかもしれない。  その声は確実に俺の性欲を煽りたてる。 「はぁ…はぁ…っ。俺……お前の子……産んでも…いいのか?」 「もちろんだよ……。俺と蓮の子だよ……」 「うれ…しぃ……」  背後から囁く壮登の声に嘘は見当たらない。なぜって、彼が言葉を紡ぐたびに触れている楔がピクリと動いていたからだ。  αは稀少種で敏感な種族だ。ただ抱くだけの相手に対しては実に淡白で、ここまで己が反応することはないという。  壮登は俺を抱く時、いつも震わせる。そして、ビショビショになるほど下着を濡らしながら俺の中に入りたがる。 「これから一週間、ずっとずっと一緒だよ……。小岩先生も言っていただろ?俺たちは大丈夫……」 「ホント?ホントに一緒?あの人に……会わない?」 「会うわけないだろ?あの人は――関係ない」  ほんの少しの含み。それが気にはなったが、今の俺はこの体を満たして欲しいという思いに支配されていた。 「ちょ…だい。壮登の……精子…」  俺は、はしたなくも天板の縁に左膝を乗せた。片足で体を支えながら尻を突き出すと、濡れた双丘が自然に開いていく。  その割れ目に指を這わせた壮登は、我慢出来ないというように自分のスウェットと下着を脱ぎ捨てた。

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