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case 藍 1

 真臣(まさおみ)はとあるホテルのパーティーでその男と再会した。  男は真臣を見つけると皺に目が埋もれるほど目を細めて笑い、桐生(きりゅう)さん、と声を掛けてきた。 「古橋(ふるはし)さん、ご無沙汰してます」  真臣が笑顔で言うと、男は相好を崩したまま驚いた素振りを見せた。 「覚えていただいておりましたか、いやぁ有難い」 「忘れませんよ。お世話になりましたから」 「そうですか……では彼とは今も?」 「もちろん。私の宝物ですから」  真臣の言葉に、男は嬉しそうにふふふと声を漏らして笑った。彼の肩書きは表向き古物商となっていたが、それはただの趣味だと真臣は知っていた。そして彼の実際の生業は、とても大っぴらに言えるものではなかった。  彼が扱うのはもっぱら見目麗しい青少年であり、客になるのはいわゆる男色家達だった。彼は菊花処と呼ばれる施設で商品──つまり少年らを男色に染め上げて、愛玩品として男達に売るのだ。  真臣は彼の客にはなり得たが、実際にそうなるつもりはなかった。プロに調教を施された少年とはどんなものだろうという好奇心で、彼の自慢の商品をひやかすだけのつもりだった。  それが運命とは奇異なもので、真臣はそこで恋に落ちた。それもお互いに一目惚れだった。  (あい)という名の少年は、真臣に抱かれて芯から感じて喘ぎながら、嬉しいと言って泣いた。  その彼を手に入れないという選択肢は真臣にはなくて、この古橋に大枚を渡して藍を家に迎えたのが、一年以上前のことだ。 「ふふ、貴方を恋しがって大泣きする彼に手を焼いたのも、今ではいい思い出です」  真臣は黙って微笑んだ。藍に出会うまで買い物をする気などさらさらなかったから、出会ったその日のうちに連れて帰ることはできなかった。手付け金だけ渡してよそへやらないよう念を押したが、当の藍が真臣と引き離されてから泣き明かしたらしかった。  もちろん藍にも必ず迎えに来ると伝えていたが、寝物語にそんなことを囁く男などいくらでもいる。恋しさと不安に耐えかねて、泣いて食事も突っぱねる有様だったと聞いた。  だから真臣が迎えに行ったときには藍は憔悴していて、真臣が抱き寄せると腕の中ではらはらと泣いて、信じなくてごめんなさい、と繰り返し謝られた。真臣が迎えに来ると言ったのに、それを信じて待てなくてごめんなさい、と。  一度セックスをしただけの相手を信じるも何もない。ともに過ごした時間はほんの2、3時間だった。  だから真臣はただ藍を宥めて慰めて、家に連れ帰って今日に至るまで、彼の幸福に尽くしているのだ。 「あなたは仲人のようなものですから。藍を見つけて育てて私に引き合わせてくれたこと、感謝していますよ」 「感謝だなんてもったいない。彼が良い人に巡り会えて本当によかった」  彼のその言葉は嘘にもお世辞にも聞こえなかった。どうやら彼は少年達を売ってはいても、金の亡者ではないらしかった。自慢の商品は本当に彼の自慢であるらしく、商品に対する愛情と思い入れがあり、粗末にされることを嫌うようだった。  売れてしまえば後のことはどうでもいいと思わなければできぬ商売かと思っていたが、古橋は愛情と金儲けを両立させているらしく、それも一種の倒錯なのかもしれない、と真臣は考えた。  家に帰った頃にはすでに深夜で、藍は寝室の広いベッドの上で穏やかな寝息を立てていた。  頬の丸みが少しばかり幼さを感じさせたが、藍ももう少年と言うよりは青年と呼ぶべき歳だった。それでも真臣にしてみれば年下の愛らしい恋人だ。  薄暗い中で寝顔をよく見ると、目許が少し腫れぼったくて、泣いた後のように見えた。そっと布団を剥いで、温かい手を撫で、袖をまくると、手首がうっすらと赤くなっていた。 「……まさおみ、さん……?」  ぼんやりとした声に呼ばれて、真臣は微笑む。 「ただいま、遅くなってごめんな」  藍はとろりと眠そうな目をしたまま、首を振った。 「ううん……おかえりなさい……」  真臣は笑って、藍の温かい身体を抱き締める。愛しい匂いに心まで温まるようだった。  そっと藍の目許に口づけて舌先で舐めると、そこはやはり涙の味がした。 「……泣かされたのかい?」  優しく囁く声で問いかけると、藍ははにかみながら頷いた。  見れば、一人で寝ていただけにしてはシーツがひどく乱れていた。真臣は布団の中に手を入れて、藍の身体を撫でる。  藍はパジャマの上だけを着ていて、下半身には下着すら身に着けていなかった。  なめらかな尻を直接撫でられて、藍は恥じ入るように目を伏せる。黒く長い睫毛が震えるのが愛らしかった。 「……気持ちよかったかい?」  訊くと、藍は小さく頷いて、両腕で真臣の首に抱きつくと、とても細い声でこう言った。 「いつもありがとう……真臣さん」

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