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日誌・5 もう一人(R18)
今度こそ、しっかりと塞がる。
間髪入れず、舌先を伸ばした。
相手を絡め捕る。
いっとき、虚を突かれた相手が逃げを打つのを許さず、強く吸い上げた。
遊ぶように、歯列をなぞる。
身体の上で、恭也の背中が震えた。
上顎を宥めるように舐め上げれば、小さく喉が鳴る。
ねだる態度でつついて来た舌を、扱くように絡めた。
その時には、持ち上がっていたはずの雪虎の後頭部は、強く床に押し付けられている。
行為が始まれば、夢中になるのは、―――――正直に言おう、雪虎の方だ。
相手がなんと言おうが、どう暴れようが、終わるまでは相手の身体を手放せない。
本当のところ、キスだけで一時間は余裕で遊べるだろう。下手をすれば、もっと。
思春期の頃から、雪虎は性欲が強い。
今となっては笑い話だが、子供の頃は真剣に悩んだ。
これは悪いことだ、どうにかしなければ、と思い込み、だからといって、どうすることもできないまま持て余した。
雪虎にとって、幼い頃からなんでも話し合える相手は幼馴染のさやかしかいない。
当然、彼女に相談したこともある。が、所詮、さやかも雪虎と同い年。
子供同士だ、解決策を出すことなどできるはずもない。できることと言えば、共に悩むことだけだった。
それだけでも。
ずいぶんと、救われたけれど。
ばからしい雪虎の相談に、うんうん悩みながら彼女が言ったのはこんな一言。
―――――小さい頃から色々抑圧された反動じゃないの…?
きっと、理由はそれだ。だが知りたいのは、原因ではない。どうにか対処する方法だ。だが、思ったところでどうにかなる問題でもなかった。
今になって、ようやく、どうにかうまく付き合っていくしかない、と不格好ながら、折り合いをつけることができている。
なんにしたって、こんな場合にも。
雪虎は欲情すれば、最後だ。止まれない。
気が付けばもう、雪虎は恭也の身体を床に縫い止めていた。
先ほどまで押し倒されていたのは雪虎の方だというのに、いつの間にか体の位置が入れ替わっている。
どうやって、こうも見事に相手の足の間に腰を割り込ませ、器用に陣取れるのか、我がことながら不思議でならない。
雪虎は上から抑え込むように、恭也の肩を床に押し付けた。
そうやって、気付く。
力の加減が、早、うまくできなくなっていた。痛めつけたいわけではないのに。
ゆっくり、意識して力を抜いていく。雪虎はそうしてどうにか、恭也の唇を開放した。
努力しなければ、離れることもできない。
気を逸らすように、恭也のこめかみに、派手な音を立てて口づけた。その耳元で、彼が戦慄くように息を吸う気配。
「はぁ…っ」
色のついた息遣いに陶然となりながら、雪虎は恭也の髪の生え際をたどるように唇を耳朶まで落とし―――――ぬる、と耳の内側を舌で嘗め回す。
「あ、…ァッ!」
とたん、甲高い声が恭也の喉奥から迸った。
彼は大層、耳が弱い。おとがいを逸らし、背中を弓なりに逸らせば、自然と腰が浮いて、足の間を雪虎に擦り付ける格好になった。
直後、そちらの刺激が強かったのか、慌てて腰を落とすが、耳の刺激にすぐたまらなくなって、また腰が反り返る。
そうだ、こうでなくてはならない。雪虎の唇が、自然と笑みの弧を描く。
相手を快楽の底に落としてこそ、自身もさらに深みへ潜れることができる。
「イイ反応…」
濡れた耳元、抑えた声で囁けば、それが鼓膜を細かく揺らす感覚にすら感じるのか、縋るように雪虎の背中に回された指先に力が入る。
しつこく耳の内側を舐めながら、もう片方の耳たぶを弄ぶ。両方とも、熱い。
「…っ、いやだ…!」
泣くような声が、恭也の唇からこぼれる。
「なんで」
その耳元で雪虎は笑った。
「たまらないだろ?」
だからだ、と恭也が喘ぐ。
「腰が使い物にならなくなる…、からっ」
「…まさかと思うが」
話を続けながら、雪虎は、もう片方の手を、恭也の上着の裾から滑り込ませる。
「また、すぐ仕事がある、とか言わないよな」
「ぅ、く」
指先でからかうように転がした恭也の胸元は、既に固く勃ち上がっていた。
確認するように好きに弄り回せば、全身に電流でも流れたように、恭也の身体が跳ねる。
…実際のところ、恭也は敏感にできていた。
その特異な体質のせいで、他者との触れ合いが全くないと言える状態のせいだろうか。
いざ触れられるとなれば、待ち焦がれていたように陥落する。
愛撫されるために存在しているのだと言わんばかりだ。
―――――と言うのに。
「この…っ」
拗ねた子供に似た憤然とした恭也の声を聴いた、と思った時には。
ドアに背をぶつける格好で、雪虎は尻もちをついていた。自覚した時には、足の間でジッパーの下がる音。
「あ、おい…っ」
気付けばツナギの前を寛げられていた。
とっくにそそり立ち、充血した股間を下着越しに撫で上げられる。
下着は、先走りでとっくに湿っていた。
「…っく」
強い疼きに、雪虎がつい声を漏らせば。
目の前で四つん這いになった恭也の喉が、ごくりと鳴る。最高のごちそうを目の当たりにしたように。
暗がりの中で、どれだけ視力がきくのか。
恭也は、器用に下着から雪虎のイチモツを取り出し、くすぐるように指先を這わせた。
「…そうだよ、今回もすぐ仕事でね」
ぺろりと唇を舐める仕草に、何をしようとしているのは、すぐ分かった。
「待て、ゴムは部屋の真ん中に、」
咄嗟に頭へ手を伸ばし、髪を梳くように軽く掴めば、
「ぼくが持ってる。トラさんのは次、使おうよ」
顔を上げた恭也は急くように告げ―――――ためらいなく、頭の位置を下げた。
ぬるり、粘膜に飲み込まれる感覚に、意識を全部持って行かれる。
いっきに全部、咥え込まれた。たまらず、雪虎は息を詰める。
こんな場合に、頭の端に引っ掛かったのは。
―――――次、使おうよ。
次がある、とまた勝手に決められた。まだ恭也が雪虎に飽きることはないようだ。
湧き上がる感情は、呆れか、…安堵か。
恭也が雪虎に抱く興味がなければ、この関係は明日にでも終わるのだ。だからだろうか。
ときに、恭也をはかないように感じるのは。
今更、終わりを強く望むには、雪虎は恭也と身体を重ねた回数が多すぎる。
情が、湧いていた。
とはいえ。
いつまでも、ずるずると続けられるものでもない、と頭の片隅で冷めた考えがあるのも事実。
いつか、必ず来る。
終わりが。
考える間にも、濡れた音が、絶え間なく続く。雪虎の、足の間から。
濡れた、柔らかいものが執拗にイチモツの輪郭をなぞる。無心に。
背筋を、震えが撫で上げる感覚に、一度強く目を閉じた。
仰け反りかけた顎を引き、部屋の中央へ視線を逃がす。
…確か、あそこに。
思った、視線の先。暗がりの中。
何もない、と思っていた部屋の片隅に、日常的に見慣れたものが見えた。あれは。
―――――ガムテープ?
無造作に投げ捨てられたそれに…なぜだろう。
嫌な予感を覚えた。ぞわり。背中がわずかに粟立つ。
そこから顔を背け、
「…おい」
大きな手で、相手の黒髪を緩く掴むように撫で、恭也の頭を軽く揺さぶる。
「その唾液の量、どうにかなんねーのか」
雪虎の性器が、もうすっかり勃ち上がっているのは、確かだ。それにしたって、多い。大量の液体が、そこを伝っていた。
名残惜しそうに舌を引っ込め、
「だって、トラさんの…久しぶりで」
荒くなる息を無理に抑え込もうとする、たまらない声で、恭也は濡れそぼった性器に頬ずりする。
そこに、最初見せた冷徹さは欠片もない。ふと、思う。
(どんな表情してんだ?)
「おいしい…すごく」
恭也は、大きく、喉を鳴らした。
「ずっと、咥えてられるくらい」
そんなわけがない。雪虎は呆れた表情で青年を見下ろす。
日中、…いや、ここに来る寸前まで、仕事をして、シャワーも浴びずに来たのだ。
その上、いくら身を清めた上でも美味いものとは到底思えなかった。
それなのに。
恭也は、淫蕩に舌を出す。
それが雪虎の性器に触れたかと思うと、また口の中に飲み込まれていた。
ちゅうと吸い付く動きに、一瞬息を詰め、
「なら」
雪虎はお返しとばかりに、大きく腰を突き込んだ。
「―――――手伝ってやるよ」
ぐ、と喉が鳴る。
かと思えば―――――恭也の腰が、喜悦をにじませた動きで揺れた。雪虎からの動きを、待ちかねたように。
そのまま円を描くように、雪虎は大きく腰を回す。が、恭也に抵抗の力はない。
むしろ待ち望んだ罰でも受け入れる態度で積極的に、性器に舌を這わせた。うっとりと。
袋の部分を、恭也の手が、促すように優しく揉んだ。
乱暴を望む相手の態度に、雪虎は一度眉をしかめる。
それを振り払うように、すぐ、口元に愉悦じみた笑みが浮かんだ。
直後、恭也の口から、イチモツを引き抜き、
「…時間がねえんだろ?」
低く言った。
性器の先端と、相手の唇を、粘膜の一筋がつなぎ、すぐに切れる。
落ちた雫を名残惜しそうに見下ろしながら、恭也は。
「本当に、心から、名残惜しいんだけどねえ? …もう、ぼくの準備なら、できてるからさ」
スラックスのポケットからゴムを取り出し、袋を破る恭也に、雪虎は肩を落とした。
「あんた…またそれか…」
恭也はからりと楽し気に笑う。
「準備してるって言われても喜ばないよね、トラさんて」
「当たり前だろっ!?」
セックスと言うのは、前戯から果てて終わった後まで、まるごとひっくるめての遊戯だ。
いくつかをすっ飛ばしてつながるだけ、など。
邪道、と言うか。
道具を使っての一人遊びのような、
畜生同然のような、
とにかく雪虎の性には、本来、合わない。
だがある意味、恭也がそういった行動に出るのは、納得も行く。なにせ。
雪虎と恭也が共に過ごせる時間は、短い。会おう、と頻繁に打診がくる割に。
会えば会ったで、早く離れようとしているような。
どこか、焦っている風にも感じるほど、性急な対応が必要になる。
にもかかわらず、これ以上雪虎が触っていれば、必要以上に時間を食って、最後まで至れない可能性があった。
…かつて、本当にそういう日があり。
悶々とした身体を持て余す羽目になった苦い経験が脳裏に蘇った。
確かにああいうのは、二度とごめんだ。
「まあまあ」
宥めるように言って、恭也は慣れた手つきで勃起した雪虎の性器にゴムを装着。
「…ゴムなしで、シてくれてもいいんだけどね」
薄い膜越しに雪虎のソコを優しく撫で、名残惜し気に、恭也は呟く。雪虎は舌打ち。
「これからも仕事だろうが、あんたは」
必要以上に、身体に負担がかかる真似はさせられない。
その目が一瞬、床に転がるガムテープに向けられた。
嫌な予感が、雪虎の中で、今ではほとんど確信に変わっている。
「名前で呼んでほしいな」
立ち上がった恭也がからかう口調で言った。雪虎の腕を掴んで、誘うように引っ張る。
そうして、立ち上がった雪虎に背を向けた。
恭也はドアの方を向いてベルトを緩める。
指先が、そのままスラックスのボタンを外そうとするのに、
「どうせ、偽名だろ」
恭也の手を、背後から回した手で、雪虎が止める。
手に重ねられた手を、恭也は一度、不思議そうに見下ろした。
すぐ、何を察したか、恭也の唇が笑みの曲線を描く。
彼は後ろから銃でも突きつけられたように、その割にはのんびりと、両手を挙げた。
「…雰囲気を、出したいじゃないか」
恭也は背後を流し見る。
背中から回した手で、雪虎は子供にするように、相手のスラックスのボタンを外した。わずかな間、考えるように沈黙。
気を紛らわせる態度で、息を吸い込む。
その時、改めて確認した。こんな場合にも、恭也からは、不思議なくらい、なんの匂いもしない。…すぐ、諦めたように、抑えた声で囁いた。
「恭也」
向こうを向いたままの相手―――――風見恭也と名乗る殺し屋は、とたん、微笑んだ。
子供のように、幼い表情で。それは、泣き顔にも見えたかもしれない。
雪虎の手が、何かの作業めいた動きで、恭也のスラックスを下ろす。色気も遠慮もない。
すぐ、恭也の肌がむき出しになった。
雪虎は、そのまま尻の肉を、揉みこむように掴んだ。
ゆっくりと、押し広げる。
雪虎が切っ先を、恭也の最奥、入り口に押し付ければ。
ドアに両手をついた恭也が、たまりかねたように息を吐いた。急かす態度で、早口に強請る。
「…はやく」
雪虎は一度、強く目を閉じた。眉根を寄せる。
…背後が異様に気になった。
正確には、引かれたカーテンの向こう側。
こういう、試し方を、恭也は何度も雪虎に仕掛けてきた。これも、その一環だろう。
―――――分かって、いるのに。
止まれない雪虎こそが、業が深いと言えるだろう。
口元に、一度、雪虎は挑戦的な笑みを浮かべ、直後。
いっきに、身をおしすすめた。
待ちかねたように剛直に絡みつく感覚に、危うく持って行かれそうになった雪虎の耳に、恭也の上ずった声が届く。
「あは、気付いて、いるんだろうに…できるんだね。ほんと、好きだよ、そういうとこ」
恭也は笑って告げた。
「部屋の中に、もう一人いるって言うのに」
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