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日誌・12 バケモノとバケモノ

「今度はお前さんか。…なんで皆してオレの番号知ってやがる?」 (しゅう)が廊下に出れば、喫煙場所で馴染みの刑事が、一服やっていた。 彼は、着信のあったケータイを面倒くささも隠さず取り出して、耳に当てている。 「どいつもこいつも同窓会かってんだ。一番、トラのヤツがまともになってねえか? ああ、いるよ…なんで知ってんだ。いや、いい。答えるな。気持ち悪い」 刑事が、ふいっと秀に視線を流す。ほらよ、とばかりに、前触れなくケータイを示された。 なんだ、と見下ろせば、手短な説明が返る。 「結城の野郎だ」 手渡されたのがスマホを見下ろす秀の目が、若干、温度を下げた。 刑事が鼻を鳴らす。 「なんだ、喧嘩か? どうでもいいが、オレを繋ぎに使うな。ったく」 刑事は、秀の胸元に乱暴にスマホを押し付ける。これ以上は巻き込むな、と態度で言って。 表情一つ変えず、秀はスマホを手に取り、 「月杜(つきもり)だ」 平坦に言って、通話に出る。すぐさま、 『お久しぶりです、会長。結城(ゆうき)尚嗣(なおつぐ)です』 低い、響きのいい声が届いた。礼儀正しい。ただし、友好的ではない。 秀は口を閉ざす。 『ストーカー被害者がトラの身近にいたとは、驚きました。うまく使いましたね』 相手は構わず、言葉を続けた。 『そちらが目立つ騒ぎになったせいで、トラのアパートを潰すこちらの計画は実行に移せませんでした。満足ですか』 「尚嗣」 不意に、秀は言葉を挟む。 「トラに関わるのは、もうよしたまえ」 余計なことは言わない。ただ、用件だけ伝える。 『そうしたいのは山々です。こちらとしても。なのに』 返ってきたのは、感情が抜けた声。 『なんででしょうね』 自身の持て余す感情を、その上で弄ぶように、相手は続ける。 『アイツの、ちょっとした善意。ちょっとした希望。何気なく、他愛ない…それらが全部、なぜか他人を動かして、…こっちの都合に立ち塞がってくる』 彼が言うから。 あの子が望むなら。 肝心のところで、そう言って。 計画が阻まれることは、学生時代からよくあった。社会人になっても。 今回も、そうだ。 雪虎のいるアパート。 あの土地が、事業のために必要で。 話は問題なく進みそうだったところ、結局のところ、頓挫した。 もう少しね、続けてみようと思うのよ。 土地の持ち主である管理人がそう言って、土地を売るのを拒絶したのだ。 あの子がね、言うのよ。俺も手伝うからもう少し頑張ってって。 計画的な行動などではない。 ただの偶然に過ぎない。 それでも。 行動の起こす結果が、尚嗣にとって、どうしようもなく邪魔な人間。それが、八坂雪虎だ。 始末できるものなら、今すぐにでも、始末したい。 ただ、今回の場合。 土地は手に入りそうな状況になった。 というのに、その喜びよりも、雪虎を始末し損ねた残念さが大きい気がする。 不穏な空気をまとった尚嗣に、 「お前はトラと友人だろう?」 秀はどうでもよさそうに、一言。 尚嗣は息だけで笑った。 おそらく、言った秀自身、欠片も信じていまい。 確かに、尚嗣と雪虎は中学時代の同級生だ。 ばかりでなく、月杜家の姻戚関係に当たる彼らは、子供の頃からよく一緒に行動していた。 だが友人、と言われると…首をひねらざるを得ない。 なんにしたところで、尚嗣のやり口も甘かった。 尚嗣が本気で雪虎を排除したいなら、彼はとっくにこの世から消えている。 おそらくは。 尚嗣にも、分からなくなっているのだろう。 雪虎を排除したいのか。 味方に引き込みたいのか。 直接には、尚嗣は答えない。言葉遊びをするように、別のことを言った。 『あなたとおれは義理の兄弟でしょう。たまには義弟の味方をしてくださいよ』 秀の亡き妻は、尚嗣の姉だ。 月杜を名乗る前は、結城茜あかねと言った。 病弱な人だった。 穏やかで。 優しく。 賢明で。 ただ―――――彼女が心から愛していた男は、秀ではない。秀もまた。 手も足も出ないような感情を抱く相手は、彼女ではなかった。 二人の間にあったのは。 友情に似た、尊敬だ。 それを、互いに認め、互いに受け入れ、…共犯者に似た関係だった。 そんな、彼女の弟だ。 無碍にするつもりはないが。 「気にしてはいるよ。だから、やり過ぎてはいけない」 秀は淡々と、警句を放つ。 「トラがどうにかなれば、…どうにかした相手に対して、死神が動く」 尚嗣は沈黙した。秀は言葉を重ねる。 「議事堂に死神が入ってみなさい。国が沈む」 とたん、電話の向こう側から、やりきれなさそうなため息が長く漏れこぼれてきた。 『トラのやつはどうしてこう、厄介な相手とばかり縁をもつんでしょう』 「それは自分を除外して言っていい言葉かね?」 直後、空白めいた時間が二人の間にしばし流れる。 『なんにしろ、トラのアレは』 腹に一物ありそうな態度で、尚嗣は言った。 『月杜の(しるし)でしょう? 月杜家が背負う、祟りの現象。…あなたには、別の形で現れていますが』 今度黙るのは、秀の方だ。 『不思議なものですね。ヤツの父親も、妹にも、そんなもの現れなかったのに。ヤツにだけ』 「尚嗣」 扉を閉めるように、秀が名を呼んだ。 「今、トラの保護者は私だ。やり過ぎれば…潰すよ?」 『は、ホゴシャ』 尚嗣は鼻で笑う。 『それ、本気で言ってるんですか』 答えず、秀は通話を切った。 冷静に礼を言って、刑事にスマホを返す。 「…どうでもいいが、もうガキじゃねえんだ。お前ら、もうバケモンなんだからよ」 彼は顔をしかめ、頭を掻いた。 「怪獣同士で喧嘩すんなよ」 そう、忠告を受けるほど、物騒な表情を、秀はしていたのだろうか。 丁寧に頭を下げ、彼はようやく、家路についた。 太陽は、もう中天に差し掛かろうとしていた。

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