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日誌・32 逃げ場のない谷底(R18)
「あ、トラさ、はなし…っ」
湧き上がってくる感覚に、大河は切羽詰まった声を上げる。
快楽も強いが、それ以上に。
―――――先端を弄られることで、排泄感がいや増す。勿論、射精感と同時に、だ。
妙な感覚だった。気持ち良さも、ここまでくれば暴力になる。
感覚を逃がすように、気がたった猫のような息を小刻みに吐きだした。
最中、大河の尻が、もじもじとシーツをこする。自覚するなり、カッと頬に血が上った。だが、反射じみた反応を止めることもできない。
大河の反応に、雪虎は心底楽しそうに、一言。
「やだね」
おもむろに、片手で、大河の陰茎を握りこんだ。包み込まれる刺激に、息を呑む。雪虎は挑戦的に笑って見せた。
「まずは一回、イってみな」
―――――傲慢に、命令。その声と態度に、心が突き落とされた気がした。
この男に従う他選択肢はない、そんな、逃げ場のない谷底へ。
間髪入れず。
雪虎の手が動く。敏感な、大河の裏筋を撫で下ろした。輪郭を執拗に確かめるように、丁寧に。
大河の背筋を、快感が強くせりあがる。思わず息を引いた。
上ずりかけた息がこぼれる。かろうじで、声をこらえ、顎を引いた。
次いで、雪虎の手が。
今度は、ぐぅっと大河自身を扱きあげる。最後に、親指の腹で、カリの部分をぐりぐりと刺激。
そして、また―――――撫で下ろす。新しいおもちゃの遊び方を確かめるように、強弱をつけて、繰り返し。
完全に、弄んでいた。
ふ、とこぼれた大河の息に、隠しきれない悦楽の色がにじむ。搾るように、扱きあげられた拍子に、どろり、先端からこぼれ落ちた体液が増す。量も、粘度も。とたん。
「―――――…っ!」
雪虎の手の動きが速くなる。粘着質な体液の音が大きくなった。その上。
もう一方の手が、袋の部分を柔らかに揉みしだく。妙に丁寧な触れ方に、カッと大河の顔に血が上る。
いたぶられているのか。
可愛がられているのか。
変な羞恥が強く湧いてきたのだ。落ち着けない。逃げ出したい。
いつものような、嫌悪とは違う、居たたまれなさ。
「い、嫌です、トラさん…っ」
止めてくれと訴える大河の方は必死だと言うのに。
「大丈夫だ、そんなの、最初だけだから。慣れたら、人の手でイかされるのはクセになる」
なりたくない。
こんなふうに、雪虎と言えば、どこ吹く風と言った態度。それでも、
「ほ、本当に、…イヤ、で」
困り果てた声で告げ、首を横に振れば、
「あ?」
低い声と共に、雪虎の顔に険しさが宿る。
「いやなら逃げろよ。殴るなり蹴るなり、―――――手足は自由なんだからよ」
できるものなら、そうしたい。
だが、大河の身体は言うことを聞かず、どころか、もっととねだるように全身がうねった。
身に施された薬物のせいだろうか。
「あ、はな、放し」
言葉だけでも抵抗したが、空しい行為だった。
「いや、ぁ、ヤ…っ」
とうとう、ソレはきた。
全身を駆け上がった、込み上げる感覚に、大河は焦点の合わない目を瞠る。
拾い上げる感覚の強さに、どうしようもなく、達するのはあっという間だった。
自身では制御できない強さで、腰が跳ね上がる。ベッドから尻が浮いた。その状態で。
止めようもなく放ってしまった。
それだけでも勘弁してほしいのに。
「あ、ぁ…っ、トラ、さ」
達している最中にも、柔らかい刺激は止まらない。陰茎が、精子を出し切るのを手伝うように、扱かれ続ける。
雪虎の手の動きが、いっそ作業のようなら、まだ耐えられたかもしれない。だが彼のやり方は、大切なものを愛でるようなもので。
「…へえ」
また、無意識のような呟きが、雪虎から聴こえた。
「全身、淡く色づく感じがまた…そそるわ」
そんなことを、本気で感動したように言うのだから、聞いているほうがたまらない。
思わず腕を伸ばし、力が入らないまま、雪虎の腕を押しのけるように動かした。
「も、出な…っ」
「まあ、そう言うなよ。まだ、出るだろ」
言いつつ、雪虎は陰茎を扱く動きを止める。ホッとしたのも束の間。
身を乗り出した雪虎は、片手で輪っかを作るようにして、大河のカリ首に回す。そして。
もう片方の掌で亀頭を包み込むように、して。
「さあ、今度は、どんな顔を見せてくれる?」
謎の言葉を口にするなり。
両手を、強く逆方向に捻るようにして動かした。
大河に与えられたのは、亀頭部分をすり潰すような、―――――強烈な刺激。
鬼である。
射精したばかりの性器には、痛みに似た感覚になった。
それでも、くちゅ、ねち、ぐちぐち、と絶え間なく淫らな水音が上がる。
「あ、あ、あ…!」
上がる声を、止めることもできない。滑らかな大河の内腿が痙攣するように跳ねた。
あまりに強い刺激に、とうとう、ぼろ、と涙がこぼれる。生理的な涙だ。止められそうにない。
「あーあ、かわいそうに」
他人事のように言いながら、雪虎が首を伸ばした。ぺろり、と大河の頬を舐める。
「こんなに、いじめられて、なあ?」
慰めるような仕草に、大河は思わず訴えた。
「と、とめ、て」
「んー?」
聴こえただろうに、雪虎はわざと聞き返す。
「なんて言った」
楽しそうに、頬へ口づけた。のんびりと。切羽詰まった大河は繰り返し訴える。
聞いてくれなくても、今、縋れるのは雪虎だけなのだ。
「手、止めて、ください…っ」
これ以上は、本当に危険だった。
気が狂いそうな快楽がもたらす射精感の中に、―――――排泄感がある。これ以上は、
「漏らす、からぁ…!」
訴えることは、屈辱だった。だが、人前で漏らすより、訴えて止めてもらった方がマシだ。
雪虎とて、他人の排泄など見たくもないだろう。びっくりして止めるはず。
そう、思ったのに。
「ははっ、そりゃいーや」
雪虎は、勝ち誇ったように笑った。身を起こす。高みから、大河の情けない姿をあますことなく視界に収め、
「見せてみな」
―――――信じられないことを言った。
想像もしなかった、雪虎の言動に。大河は一瞬、呆けた。それが―――――まずかった。
「や、…っ」
意志の力でせき止めていた感覚が、一気にせりあがってくる。
「ああっ、…ぁ!」
ソレは先端から、勢いよく噴出した。当然のごとく、触れていた雪虎の手を汚す。
なのに、大河の肉体を占めているのは、―――――全身、小刻みに震えるほどの快感だ。
言ってみれば、射精も排泄も、快感には違いない。波は、何度か来た。
排尿かと思い、一瞬で血の気が引いたが、…これは。
狼狽えながら、整わない息の中、大河は唇を震わせた。
「あ、まさか…」
「そう、いい子だ。…上手にできたな?」
言いながら、雪虎は恥ずかしいほど勃起し濡れそぼったままの、大河の陰茎を褒めるように撫でまわし、
「知ってるだろ? 男も潮を吹くってさ」
大河の身体に、キチンと力が入っていたなら、跳ね起きて、逃げ出していたに違いない。
それもできず、信じられない気持ちで大河は言葉を失った。ただ、まだ思考はうまく回らない。そんな大河に、
「それにしたって、御曹司。お前、ほんっと、イイ顔するな」
雪虎はしみじみと言った。
「泣き顔も信じられないくらい可愛い。反応も楽しい。―――――なあ」
次いで、面白がるように提案。
「遊ぼうか? 最後まで」
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